がん・免疫

感染症やアレルギーの
根治治療のカギを握る
免疫反応を追究する

免疫力向上に関わるβ-グルカンの働きを研究

細菌やウイルスが体内に侵入すると、免疫細胞が反応してこれらの外敵を退治する。ヒトが多くの有害な微生物に触れながらも健康を維持できるのは、こうした生体防御システムを備えているからだ。このシステムが正常に機能しないと、細菌やウイルスに感染したり、過剰な免疫応答によって花粉症などのアレルギー症状が引き起こされる。

β-D-グルカンの分子模型

安達禎之准教授は、さまざまな病原体に対する自然免疫の反応機構を分子レベルで解析し、感染症やアレルギーの治療法や治療薬の創製に生かそうとしている。中でも主眼に置いているのが、真菌や植物の細胞壁を構成するβ-グルカンの働きだ。

β-グルカンは、グルコース(ブドウ糖)がたくさんつながった多糖の一つで、好中球やマクロファージ、樹状細胞といった自然免疫を担う細胞の活性化に関わっている。「免疫細胞は生体外の分子を特異的に認識する受容体(レセプター)を持っており、これで侵入してきた異物を感知して排除します」と自然免疫の仕組みを解説した安達准教授。β-グルカンの受容体としてはデクチン(Dectin)-1が知られている。免疫細胞表面に発現したデクチン-1がβ-グルカンと結合して真菌を認識すると、免疫細胞が活性化し、真菌の貪食が促進される。このメカニズムを詳らかにしたのが安達准教授だ。デクチン-1 遺伝子を欠損させたKOマウスと野生型マウスに真菌を感染させる実験で、デクチン-1KOマウスの方が有意に菌数が増加することを突き止めた。この結果は、β-グルカンを認識するデクチン-1なしには真菌を殺菌できないことを示している。これにより真菌の感染防御においてデクチン-1が極めて重要な役割を果たしていることが実証された。

スギ花粉症を根治する新たな治療法の可能性を見出す

「また最近、スギ花粉の中にも真菌などと同じβ-グルカンが存在することがわかってきました」と安達准教授。スギ花粉によって起こるアレルギーとしてスギ花粉症がよく知られている。スギ花粉症は、花粉に含まれるアレルゲンに対してIgE抗体が産生されことによって発症するが、そのメカニズムには不明なところがあった。最近の研究で安達准教授は、スギ花粉内のβ-グルカンを追跡し、そのメカニズムを明らかにした。

「スギ花粉は水に触れると破裂し、栄養細胞・生殖細胞と、花粉の殻である外壁に分離します。それまでβ-グルカンは細胞内に存在すると考えられていましたが、調べた結果、花粉外壁の内部にもあることがわかりました」。すなわち花粉が破裂して初めて殻の中に潜んでいたβ-グルカンが露出するというわけだ。この現象が免疫系にどのような影響を及ぼすのか、デクチン-1KOマウスを使って樹状細胞の活性を検討した結果、デクチン-1がないと樹状細胞が活性化されず、花粉アレルゲンに特異的に反応するサイトカインやIgE抗体の産生がほとんど誘導されないことを見出した。実際にデクチン-1KOマウスにスギ花粉を経鼻投与した実験でも、くしゃみの回数は著しく少なく、花粉症の症状が見られないことを確かめている。この研究から、花粉症の発症にはデクチン-1を介した樹状細胞の活性化がカギを握っていることが明らかになった。

「デクチン-1の働きをコントロールできれば、免疫反応を制御し、スギ花粉症を根本から治す薬を開発することも可能になります」と安達准教授。いまだ抗ヒスタミン薬などの対症療法に頼っているスギ花粉症に根本的な治療法を見出せる可能性が出てきたという。それを目指し、デクチン-1とβ-グルカンの結合を阻害する分子を探索している。

真菌症の診断薬創製につながるβ-グルカンの働きを解明

さらに最近、大きな反響を呼んだのが、β-グルカンの働きを真菌症の診断に生かそうという新たな研究だ。深在性真菌症は、カンジダ菌やアスペルギルス菌などの真菌が肺や肝臓、脳など体の深部に入り込むことで起こる感染症で、臓器移植やがんの薬物治療中、糖尿病などの生活習慣病など免疫機能が低下している人がかかりやすいといわれている。「深在性真菌症は早期に治療しなければ重症化しやすく、致死率が高くなります。そのため一刻も早く抗真菌剤を投与する必要がありますが、病原体の特定が難しいことが、迅速で正確な診断の障壁になっています」と安達准教授は説明する。

現在主に診断に用いられているのが、深在性真菌症患者の血中のβ-グルカンを検出する方法である。しかしその量は極めて微量で、検出するのは容易ではない。現在はカブトガニの血中にあるβ-グルカン結合タンパク質を用いてβ-グルカンを検出する分子プローブが作られているが、安達准教授はより良い方法を探ってきた。「私たちは昆虫の体内にもβ-グルカンと特異的に結合するタンパク質(BGRP)があることを発見。このβ-グルカン認識タンパク質を遺伝子改変し、厳しい環境条件でも高感度に安定してβ-グルカンを測定する方法を開発しました(特許出願中)」。現在産学連携で深在性真菌症のより正確、高感度に診断できる新しい血清診断薬の創出に挑戦している。

いまだ根治治療法の見つかっていない感染症やアレルギーは少なくない。β-グルカンに着目する安達准教授の研究成果が待たれる。

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