CERT11プラネタリーヘルス

日本に繁茂する
特定外来生物から
創薬シーズを探索する。

特定外来生物から単離
糖尿病合併症治療薬候補物質

植物などの天然物には、化学合成では作り出すことの難しいユニークな構造や活性を持つ成分が含まれており、創薬シーズとして大きな可能性を秘めている。しかし近年、植物資源の減少に加えて、生態系保全や各国の利益の公平性保持の観点から、外国の動植物などの遺伝資源にアクセスすることが厳しく制限されるようになり、多様な植物を入手することは困難になっている。

一方日本では、外来の動植物が国内で繁殖・繁茂し、本来の自然生態系や経済に深刻な被害を与えることが問題になっている。国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)「15 陸の豊かさも守ろう」においても、陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、生物多様性の損失を阻止することが明記されている。

そうした中で「外来植物を単なる『悪者』として駆除するのではなく、植物資源として有効利用できないか」と考えた松尾侑希子講師は、特定外来生物として規制される植物から新規医薬品の候補物質を探すという独創的な研究に取り組んでいる。

ターゲットとしている疾病の一つが、糖尿病だ。松尾講師らの研究室では、以前から糖尿病合併症治療薬の候補物質として、アルドースレダクターゼ(AR:aldose reductase)阻害活性物質の探索を行ってきた。ARは、糖尿病合併症の原因物質の一つであるソルビトールの産生に関与する酵素である。松尾講師らは、植物資源教育研究センターの三宅克典准教授との共同研究のもと、主に関東地方各地から多種多様な特定外来生物を採集し、その中から既存薬とは異なる基本骨格を持つAR阻害活性物質の探索を試みた。

「7種の植物を部位ごとに分け、計14種についてそれぞれメタノール(MeOH)を用いて抽出しAR阻害活性試験を行ったところ、最も強い活性を示したのがオオキンケイギクの頭花でした」と松尾講師。オオキンケイギクは、学名Coreopsis lanceolataというキク科の植物である。松尾講師は、乾燥させた頭花270gからMeOH抽出エキスを調製し、成分分離を実施。2種の新規フラボノイド誘導体を含む14種の化合物を単離・同定し、化学構造の決定に成功した。新たに発見したフラボノイドにはランセオラノンAと命名した[図1]。

「これら14種の化合物についてAR阻害活性試験を行ったところ、5種の化合物に中程度の活性が認められました。このうちランセオルチンは頭花に含まれる収量も多いため、オオキンケイギクのAR阻害活性に寄与していることが示唆されました[図2]」

さらに松尾講師は、14種の化合物について、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK:AMP activated protein kinase)の活性化試験を行い、6種のフラボノイド類がAMPKの活性化を示すことも突き止めた。AMPKは活性化することで血糖値を低下させるため、Ⅱ型糖尿病治療薬が開発されているが、最近では、がんや老化の調節因子などとしても注目されている。松尾講師が見出した化合物も、AMPK活性化に基づく多様な活性を示す可能性が考えられる。

  • ランセオラノンA。今回発見した新しい化合物で、フラボノイドの2量体。計算化学的手法で立体化学を決定した。
  • ランセオルチン。今回初めてアルドースレダクターゼ阻害活性を見出した。オオキンケイギクに多量に含まれる。

外来種ナガエツルノゲイトウから抗がん活性成分を発見

また松尾講師らは、常に新規治療薬の開発が望まれているがんにも着目し、天然物から抗がん剤シーズを探っている。そこで14種の特定外来生物のMeOH抽出エキスについて、SBC-3ヒト小細胞肺がん細胞に対する細胞毒性試験を実施。最も強い細胞毒性を示したヒユ科のナガエツルノゲイトウ(学名Alternanthera philoxeroides)地下部に焦点を絞り、成分探索を進めた。

乾燥させた地下部3.2kgのMeOH抽出エキスについて詳細に成分を探った結果、2種の新規トリテルペン配糖体を含む14種の化合物を単離し、化学構造を決定した。このうち7種の化合物については、本植物から初めて単離に成功。

さらに14種の単離化合物のSBC-3細胞に対する細胞毒性試験を行い、既存の抗がん剤エトポシドと同等の抗がん活性を持つ化合物を明らかにした。「アグリコン部の3位水酸基にグルクロン酸が結合し、28位がカルボキシ基であるノルオレアナン型トリテルペン配糖体が強力な細胞毒性を示しました。ほかにもいくつかのトリテルペン配糖体が複合的に本植物の抗がん活性に寄与しているのではないかと考えられます」と分析している。

  • オオキンケイギク採取
  • 植物エキスの成分分離実験
  • ナガエツルノゲイトウ

生態系被害防止外来種へも研究対象を拡大

たとえ国内であっても、山野に自生している特定外来生物を採集し持ち運ぶことはできない。松尾講師らは、飼養等許可など各種手続きを経て、各地から植物を採集する他、東京薬科大学の薬用植物園の多彩な植物も研究に活用している。天然植物の栽培・採集、またそれらから有効成分を単離・同定し、構造決定する高度な技術を持つ同大学だからこそ可能な研究でもあるのだ。

生物多様性への影響が懸念されているのは、特定外来生物だけではない。環境省と農林水産省が公表している生態系被害防止外来種リストにも、さまざまな植物が記載されており、松尾講師は、それらにも研究対象を広げている。現在は、その中の一つヨウシュチョウセンアサガオの成分研究を進めているところだ。

「これまでの研究で特定外来生物は新たな医薬品シーズ資源として有用であることが示唆されました。外来植物は繁殖力が高く、十分な量の新規生物活性成分を確保できる強みがあります」と松尾講師。今後、創薬につながる天然由来化合物の発見に期待がかかる。

投稿日:2025年05月23日
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