名誉教授コラム

自然科学の体系:実験や観察、観測に裏付けられ、教科書となる

山岸明彦
 

自然科学の体系:大学の教科書

自然科学の体系というのは、物理や化学など自然科学の各分野で分かっている事の総体である。自然科学の体系は、大学専門課程の教科書に最も良くまとめられている。名誉教授コラム「知識の体系と批判の精神」で知識の体系についてふれたが、本稿では自然科学の体系をもう少し深く解説する。


自然科学の中でも、物理学や化学の分野では、力学、電磁気学、量子力学、物理化学、有機化学などの個別分野の体系が、それぞれ専門の教科書にまとめられている。生命科学では細胞生物学と分子生物学、生化学に関して体系をまとめた専門の教科書がある。それ以外の自然科学分野でも体系的な教科書が出版されている。比較的最近になって進歩した分野では体系的教科書がないこともあるが、知識が蓄積すると大学の教科書が執筆され体系的にまとめられるようになる。

自然科学の体系と専門家

自然科学の研究は、実験や観察、観測に基づいて、原著論文として公表される。原著論文によってどの様なことが報告されているかということが、個別の事柄や分野に関する総説でまとめられる(名誉教授コラム「総説の書き方」参照)。


専門家はそれぞれの分野の知識体系を自身で把握している。専門家は原著論文や総説を読んで、新たな知識を自分の科学の体系に組み込む。したがって、自然科学分野の体系は、専門家の頭の中に組み上がっていくといって良い。


大学や大学院レベルの教科書は、専門家がもつ科学の体系を表す形で執筆される。共著の場合にはその学問分野における総説集に近い物になる。比較的少人数で教科書を執筆する場合には、執筆者が総説を読んでその時点での知識を教科書としてまとめる。教科書に記載された体系と個々の記載内容の妥当性は、著者、編集者、査読者、教科書を採用する教員、読者の批判によって保証される事になる。

理論研究も事実に裏付けられる

自然科学の原著論文で、実験や観察、観測を行わない理論研究もあるが、その理論が正しいか、あるいは間違っているか、という判定が理論研究単独で行われることはない。その理論は、何らかの実験や観察、観測に基づいて、支持されたりされなかったりする。つまり、自然科学の理論は、実験や観察、観測によって裏付けられてはじめて、自然科学の体系に取り入れられる。


また学問分野の知識体系と、他の科学分野の知識体系との整合性も問題になる。ある理論やアイデアが他の自然科学の知識と矛盾する場合には、どちらかがまだ未確定であるか、あるいはその解釈が誤りなのか、あるいは新しい発見に結びつくのか、いずれにせよ未確定の知識となる。

議論で決まるか

自然科学の体系では、誰かが何かを「考えた」ことによって、それが真実であるか、あるいは真実で無いかとされることはない。自然科学の発見は、実験や観察、観測によって裏付けられてはじめて 自然科学の体系に取り入れられる。


研究集会や学術集会、シンポジウムでは、研究者が集まり、研究成果を報告して、その内容や意義に関して議論する。これによって、他の研究者の研究内容が詳しく分かり、自身の研究を進めるための参考になる。しかし、議論によって何かが決まることはない。また、多数決で決めることもない。自然科学の知識は実験や観察、観測による検証を受けて、時間を経て蓄積していく。

数十年決まらないことも

何かのアイデアや理論が学会や論文で発表されても、それが自然科学の体系に取り入れられるまでに時間がかかる場合もある。なにかの現象を説明する良いアイデアや理論であっても、そのアイデアや理論が実験や観察、観測によって支持されるまでは、仮説となる。

例えば、現在では生命科学の多くの大学・大学院教科書に書かれているATP(アデノシン三リン酸)合成の化学浸透説も、ATPの合成を行うタンパク質分子ATP合成酵素の立体構造が決まり、ATP合成酵素の機能が解明されるまでは仮説であった。

中学、高校、大学一般教養の教科書

さらに、中学校、高校、大学一般教養の教科書は、自然科学の体系を反映して、それぞれの教育段階で理解可能になるように執筆されている。したがって、自然科学の体系を知りたい場合、それぞれの教科書の目次をみるとよい。目次をみると、自然科学の体系を概観することができる。

投稿日:2024年08月02日
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