CERT10難病治療

遺伝子治療を革新する
ナノバブル超音波
ドラッグデリバリーシステム。

ナノサイズの「泡」と「超音波」で
遺伝子・核酸を届けるDDSを開発

遺伝子治療技術の進歩によって、遺伝子を編集して失われた機能を回復させたり、新たな機能を発現させたりすることができるようになり、これまで治療が困難とされてきたさまざまな疾患を治すことが可能になってきた。この革新的な治療に欠かせないのが、遺伝子治療薬や核酸医薬を届ける「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」である。

「遺伝子や核酸のデリバリーの難しいところは、飲み薬や塗り薬などと違い、それを標的の『細胞の中』にまで届けなければならないことにあります。生体には異物の侵入を防ぐバリア機能が備わっており、それを突破するのは容易ではありません。画期的な薬を開発しても、目的の場所まで届けられなければ、治療効果を得られないばかりか、副作用の危険も高まってしまいます」。そう語る髙橋葉子講師らは、ナノサイズの「泡」と「超音波」を使い、この難題を解決するユニークなDDSを開発している。

リポソームに超音波造影に使われるガスを封入し、粒径約200nmというナノサイズの泡粒子を作製。この泡に治療分子を搭載し、血管を介して標的の細胞まで運んだところで、体外から超音波を照射してバブルを破裂させ、その際に生じるマイクロジェット流を駆動力として、瞬時にピンポイントで目的の場所に薬を行き届かせるというのが、その仕組みだ。「これにより、微小な血管を通って全身の隅々まで遺伝子や核酸を運び、高い効率で細胞に導入できます」と言う。超音波造影剤による「診断」と、薬による「治療」を一度に行う「セラノスティクス」を実現するDDSとして、大きな注目を集めている。

これまでにポリエチレングリコール(PEG)修飾リポソームに超音波造影ガスを封入したナノバブルを作製し、このバブルの膜表面に核酸医薬(siRNAやmiRNAなど)を搭載したナノバブル製剤の開発に成功している。核酸医薬は、標的遺伝子特異的な抑制効果の高さから、難治性疾患の有用な治療薬になることが期待されているが、細胞内への導入が難しいところに課題があった。髙橋講師らの作製したナノバブルを下肢虚血モデルマウスの血管内に投与し、虚血部位へ超音波を照射したところ、siRNAが細胞内に導入され、治療効果が得られることが確認された。

多様な遺伝子治療薬・核酸医薬の搭載法やデリバリー法を検討

どのような薬を、体のどの場所に届けるかによって、最適なDDSが必要となる。髙橋講師は、治療効果が高く、しかも使いやすい遺伝子・核酸の搭載法やデリバリーの方法を探求している。大きな成果の一つが、脳に到達可能なDDSの開発だ。脳は血液脳関門(BBB)と呼ばれる強固な壁で守られており、それを突破するのはひと際難しい。髙橋講師らは、核酸搭載型ナノバブルを血中に投与し、体外から超音波を照射。強固なBBBを一時的に開口させることに成功した。

さらに標的指向性を高めるため、脳組織に集まる習性をもつペプチド(Angiopep-2:Ang2)を修飾した新規のAng2ナノバブルも開発している。モデルマウスを使って効果を検証したところ、通常のPEGナノバブルよりも、Ang2ペプチド修飾ナノバブルの方が、遺伝子導入効果が高いことが示された。これにより脳組織への核酸デリバリー効率のさらなる向上が可能になるかもしれない。

遺伝子や核酸は、負の電荷を持ったアニオン性で、親水性が高いといった性質がある。そこでアニオンと結びつけるために、主に正の電荷を持ったカチオン性の脂質を含んだナノバブルを作製してきた。それに加えて髙橋講師は、体内での安定性やガス保有能が高いアニオン性脂質含有のナノバブルも開発した。ただし、このナノバブルをDDSとして活用するには、同じアニオン性の遺伝子や核酸を搭載できるよう工夫を凝らす必要がある。そこで最近の研究では、アニオン性のナノバブル表面に、多糖類をコーティングして核酸や遺伝子を搭載する方法を見出した。

「アニオン性ナノバブルに、カチオン性の多糖類の一種である高分子を少量ずつ添加することで、多糖類でコーティングしたナノバブルを作製しました。このナノバブルの表面電位を調べたところ、高分子の濃度が高くなるにつれ、表面電位が負から正へと反転することが確かめられました」。続いてこの方法で、腫瘍細胞の増殖抑制効果を持つ核酸を搭載したナノバブルを作製し、腫瘍モデルマウスに投与した結果、高い腫瘍抑制効果を得られることが示された。

ナノバブル製剤の調製を自動化するシステム開発に挑戦

ナノバブルの開発に留まらず、照射する超音波についても探求している。現在は低周波集束超音波を利用して、超音波の照射領域をより精密に制御し、脳組織の狙ったところに、正確に核酸医薬をデリバリーしようと試みている。これが可能になれば、中枢神経系疾患の治療に大きな後押しになる。

さらにはナノバブル製剤を自動で調製する手法の開発にも情熱を注ぐ。「バブルのサイズ調整や分子のコーティング、遺伝子・核酸の搭載までを全て自動で行うことのできるシステムを開発したい」と髙橋講師。実現すれば、より汎用性の高いDDSが可能になり、治療への応用範囲も今まで以上に広がるはずだ。髙橋講師の開発するDDSが、近い将来、難治性疾患の治療に革新をもたらすかもしれない。

投稿日:2025年01月20日
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