COVID-19

クルーズ船における
COVID-19への
対応と薬剤師活動について

平田 尚人

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現在でも猛威をふるっています。ここでは、まだWHOがパンデミックを宣言していなかった頃、横浜港のクルーズ船に対応した薬剤師たちの知られざる活躍についてご紹介します。

私の前職は長野赤十字病院の薬剤師で、災害派遣医療チーム(DMAT)隊員としても勤務していました。本学に赴任してからも、週1回は大学病院で臨床実務を行いながら、DMATの隊員登録を継続し、学内では主に循環器・救急領域の薬物治療と災害医療に関する教育および研究に取り組んでおります。

後にCOVID-19と命名されるウイルス感染症は、令和元年の年末、中国国内における局地的な流行に端を発し、その後、中国全土から海外での発生例が報告されるようになり、各国が感染の封じ込めに警戒を強めていました。

日本国内では、COVID-19を指定感染症とする方針が決定し、2月の初めには、横浜港に入港したクルーズ船(ダイアモンド・プリンセス号)の乗客からPCR陽性者が見つかりました。乗客乗員3,711名は2週間の船内待機が指示され、船外には出られません。もともと、乗客は定年後の高齢者が中心で、持病を抱える方も多く、体調不良者の救急診療と重症患者の搬送が必要で、派遣要請に応じた医療チームが参集しました。自衛隊や厚労省職員、DMAT等は、船内での診療活動や搬送患者のふるい分け(トリアージ)を実施し、県庁内には、医療チームの配置や患者の搬送先を調整する現地対策本部が設置されました。

ちょうどこの頃、船内から、持病の常用薬が不足するという乗客のメッセージがマスコミなどを通して次々と伝えられます。本来、乗客は帰宅するはずでしたので、持病を抱える乗客の多くは、常用薬の予備をそれほど持っておらず、ニュース映像をご覧になって心配された方も多いと思います。実はこのとき、隔離状態にある乗客に医薬品を届けるべく、厚労省の薬務官やDMAT 隊員の薬剤師たちが水面下で活動していました。それが、活動拠点に医薬品を持ち込み、ニーズを集約したうえで、必要な医薬品を提供する薬剤管理部門(薬剤師チーム)です。

まず、乗客や医療チームが必要な医薬品を請求書(リクエストフォーム;RF)に記載します。次に、監査デスクでRFの内容を精査し、船内対応が可能な場合は、そのまま調剤となります。船内で対応できない場合、当初は少し離れた横浜検疫所で薬剤師会から派遣された薬剤師が調剤していましたが、その後は船に隣接するターミナル内に設置された臨時の薬局(通称、カマボコ薬局)で調剤され、船内に持ち込む体制が構築されました。この仕組みは効率的に運用され、最終的には2,000名を超える乗客に対し、ほぼニーズにマッチした医薬品が行き渡りました。

私が現地対策本部に派遣されたのは、この体制が出来た後のことです(写真)。実はこの頃、帰還後に自宅待機となってしまう状況から、新たな派遣を見合わせる医療機関が相次ぎ、DMAT隊員が極めて不足する事態に発展していました。

私は対策本部で、船内外の薬剤師DMAT隊員やカマボコ薬局、厚労省の薬務官等と連絡を取りつつ、体制の維持や突発事態への対応にあたりました。一方で必要なDMAT隊員の確保には難渋し、事態が長期化した場合、人員の枯渇と体制の縮小を見据えた新たな仕組みが必要と考え、RFを“船外処方”にスイッチし、保険薬局で応需する体制を計画しました。

結果的に、乗員を含め全員を下船させる方針が固まったことから、この方式は実施することなく収束したわけですが、初期の混乱した状況下で、常に感染のリスクを背負いながらも医薬品の供給を続けた50名以上におよぶ薬剤師DMAT隊員、厚労省の薬務官、速やかな調剤で現場対応した延べ150名以上の薬剤師会の先生方には心から敬意を表します。

COVID-19は、未だ予断を許さない状況ではありますが、実践的な薬学教育を担う実務系教員として、今後も臨床、教育、研究の両立を意識しつつ、自己研鑽していく所存です。

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