CERT10難病治療

ゲノム解析と
データサイエンスで見出す
一人ひとりに最適な治療。

次世代シークエンサーとAIをゲノム医療に応用する

ゲノム解析技術の劇的な進展により、いまやヒトのすべての遺伝子配列をわずか数日で決定することが可能になった。そこに大きな役割を果たしたのが、次世代シークエンサー(NGS)だ。「NGSによって、生体の全ゲノムを解析することはもちろん、細胞内のあらゆるmRNAや転写調節因子を網羅的に解析したり、染色体やヒストン修飾など、遺伝子配列の変化を伴わないエピジェネティック修飾も解析できるようになりました」と解説した細道一善教授。ただしこの強力なツールを活用するには、得られる莫大な情報量を解析する技術が必要になる。細道教授は、最新のゲノム解析技術とデータサイエンスの手法を組み合わせ、さまざまな疾患のメカニズムを理解するとともに、それをゲノム医療に応用することを目指している。

白血球の血液型HLA遺伝子から疾病と副作用のリスクを解明

NGSによって、ゲノムの機能的な領域を網羅的に含む情報を得ることができるようになった。特定の機能に関わる遺伝子領域を決定し、疾患や副作用のリスクを調べることもできるわけだ。細道教授らは、これまでにHLA遺伝子に注目し、疾患との関連を明らかにしている。

HLAは、いわば白血球の血液型だ。HLAによって、その人が持つ免疫機構のタイプを知ることができる。細道教授は共同研究で、1,120人の日本人を対象にHLA遺伝子を解析。HLA遺伝子のゲノム配列を決定することに成功した。得られたHLAゲノム配列情報を機械学習で解析し、日本人集団のHLAを11パターンに分類するとともに、HLAの52もの表現型が病気や量的形質の発症に関わっていることを明らかにした。

各疾患とHLAとの関連の強さ(オッズ比)から、日本人が各疾患にかかるリスクが導き出されるが、それ以上に細道教授が重視するのが、HLAの表現型が特定の薬剤に対する副作用とも深く関連していることだ。

例えば医薬品による副作用としてよく知られているものに、Stevens-Johnson症候群(SJS)や中毒性表皮壊死症(TEN)がある。全身倦怠感や高熱で発症し、全身の皮膚にひどい斑状の紅斑や紫斑が多発する上、死亡率は10~30%にものぼる。「HIV治療薬のアバカビル(abacavir)は、HLA-B*57:01と強い関連性があり、HLA-B*57:01を持っていると、アバカビルの副作用でSJS/TENを発症するリスクが、7000倍近くも高いことがわかりました」と細道教授。こうした疾患の発症や副作用のリスクが分かれば、治療はもとより、予防にも役立てることができる。

最新のDNA解析技術の一つであるナノポアシークエンシングは、その名の通り、微小な「ナノポア」と呼ばれる穴にDNAを通過させて配列を読み取る。従来の方法と比べて長い連続したDNA断片を一度に解析できるため、ゲノムの構造多様性を明らかにすることができる。

臨床データをもとに若年性糖尿病の原因遺伝子を探る

さらに細道教授は、ゲノム情報を病気の診断と効果的な治療に生かすことにも挑もうとしている。岐阜大学医学部附属病院との共同研究で取り組んでいるのが、若年発症成人型糖尿病(MODY : maturity-onset diabetes of the young)の治療への応用だ。

この病気は、膵β細胞の機能異常によって、若年でインスリン分泌不全に陥り、糖尿病を発症する。常染色体顕性(優性)遺伝形式をとり、糖尿病全体の1~5%程度を占めると考えられている。指定難病ではないが、難治性の高い病気だ。

「同じ疾患の患者に、同じ治療をしても、薬がよく効く人と効果がない人、効果はある反面、副作用が出る人など、その効果には個人差があります。これは、同じ疾患であっても、発現する原因遺伝子の種類や頻度が異なるためです。もし個別のゲノム情報から各々が持っている原因遺伝子を分類し、治療効果の有無や副作用を予測できれば、それぞれにとって最も効果が高い治療の選択が可能になるし、副作用などのリスクを未然に防ぐことができます」と言う。

細道教授らは、実際にMODY患者の臨床データから次世代シークエンサーによるゲノム解析とAIを用いた統合的な分析を行い、原因遺伝子を決定している。現在までにMODY遺伝子は1~14まで報告されている。中でも日本人では、MODY1、2、3、5、6が認められている。細道教授らは臨床データから、既知MODY遺伝子の中で最も発現頻度が高い(40%)のは、MODY3の原因遺伝子HNF1Aであることを突き止めた。また日本人では長らくMODY2の発現は稀だと考えられてきたが、細道教授らの調べで、日本人も欧米人と同じくMODY3と同程度の頻度でMODY2の出現が認められることを明らかにした。

ただ問題は、全ゲノム解析で既知の原因遺伝子は特定できるものの、新規の原因遺伝子を決定することは極めて難しいことだ。MODYの場合、患者から原因遺伝子を特定できるのは、3~4割程度にとどまっており、まだ見つけられていない原因遺伝子があると考えられる。細道教授は、DNA解析、エクソーム、トランスクリプトームなどを組み合わせた統合的な方法で、新規のMODY遺伝子の同定を進めている。

「将来は、NGSとAIを用いたMODY診断システムの構築を目指しています」と細道教授。一人ひとりにとって最適なオーダーメイドの治療で難治性疾患をも打ち負かす。それが現実になる日も近いかもしれない。

投稿日:2024年11月18日
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