CERT10難病治療

「制御された細胞死」を抑え、
心不全の進行を食い止める。

心不全を引き起こす心筋細胞死に着目

厚生労働省の「人口動態統計」によると、日本人の死因として、がんに次いで多いのが、心疾患だと報告されている。その中でもひと際大きな割合を占めているのが、心不全だ。「心不全は、何らかの原因で心臓から全身の組織へ十分な血液を送れなくなった状態で、進行に伴って難治化していきます」と丸ノ内徹郎講師は説明する。心不全と診断されてから5年生存率は約50%と、予後は極めて悪い。

丸ノ内講師は、心不全に焦点を当て、こうした現状に風穴を開ける新しい治療法や治療薬の創製を目標に、研究に取り組んでいる。現在力点を置いているのが、「心筋細胞死」という現象だ。「心不全の進行とともに心筋細胞で『細胞死』が起こることは、以前から知られていました。これはアポトーシスと呼ばれる形態で、細胞内に組み込まれたシグナル伝達経路を経て引き起こされる、いわば『制御された細胞死』です。ところが最近、アポトーシス以外に、ネクローシスのような細胞死も心不全の進行に関わっていることがわかってきました」と言う。ネクローシスは本来、化学物質に触れて細胞が壊れたり、圧力で押しつぶされたりして偶発的に起こる細胞死だが、中には特定のシグナル伝達経路をたどって細胞死に至る「制御された細胞死」があるという。「この『制御されたネクローシス様細胞死』が、心不全の心筋細胞内で引き起こされているのではないか」。丸ノ内講師はそう推定し、モデル動物を使って検証を行った。

制御された細胞死に関わるタンパク質を
心不全モデル動物を使った実験で発見

丸ノ内講師の強みは、in vivoの実験に欠かせないモデル動物を高い技術で作製できるところにある。これまでに、器質的疾患を誘発することで、さまざまな心不全モデル動物を正確かつ高い再現性で作製する手法を確立してきた。さらに、ヒトと同じパラメータを測定できる心エコー法を採用することで、よりヒトに近い条件で、モデル動物に対する薬物効果を評価することも可能にしている。

本研究では、心筋梗塞後心不全のラットおよび、圧負荷心不全のマウスを作製し、それぞれの心筋組織を調べた。その結果、制御されたネクローシスの一種であるパイロトーシスを惹起するシグナル伝達経路に関わるGSDMD(ガスダーミンD)が細胞膜に発現していることが確認された。同じく、制御性ネクロトーシスを惹起する情報伝達物質のMLKLが発現していることも確かめられた。「これらの結果は、心不全を起こした心臓で、制御されたネクローシス様細胞死のパイロトーシスおよびネクロトーシスが引き起こされていることを示唆しています」

その他、パイロトーシス、およびネクロトーシスを引き起こすシグナル伝達経路に関わるタンパク質(パイロトーシス:NLRP3、Cap-1、GSDMD-N、IL-1β、ネクロトーシス:RIP1、RIP3、MLKL)が、いずれも心不全心臓の心筋細胞で増加していることが確認された。

その中で丸ノ内講師が着目したのが、Hsp90(ヒートショックプロテイン90)という分子シャペロンだ。in vitroの実験で、心不全が進行するにつれて、心筋組織でHsp90の発現が増加することを見出した。「Hsp90には、特定のタンパク質(クライアントタンパク質)の機能を調節する働きがあります。クライアントタンパク質はHsp90と結合している時にしか機能を発現しないことから、心不全の心臓でHsp90が増える現象が、制御された細胞死の進行プロセスに関係しているのではないかと考えました」

それを確かめるため、Hsp90を阻害する試薬を心不全ラットに投与したところ、心機能低下や心臓の肥大化・繊維化が抑えられたことが示された。さらには、Hsp90阻害薬の投与によって、パイロトーシスとネクロトーシスを引き起こす情報伝達タンパク質が減少することも突き止めた。

赤文字は、心不全心臓で増加したタンパク質。パイロトーシスおよびネクロトーシスの細胞内情報伝達タンパク質がheat shock protein 90(Hsp90)によって発現量の調節を受けることに着目。

ドラッグリポジショニングでHsp90を阻害する化合物を探索

「Hsp90の阻害が制御された細胞死を抑制し、心不全の進行を食い止められる。Hsp90阻害薬が、新たな心不全の治療薬になる可能性が見えてきました」と丸ノ内講師。しかしそれには一つ問題があるという。Hsp90阻害薬には強力な副作用があり、薬には使えないというのだ。

そこで丸ノ内講師は、すでに安全性が確認され、承認されている既存の薬の中から目的の働きを持つものを見出す「ドラッグリポジショニング」という手法を用い、Hsp90を阻害する働きを持つ既存薬を探索した。その一つとして見出したのが、脂質異常症治療薬として使われているスタチン系薬だ。コンピュータシミュレーションやモデル動物を使った実験を実施し、この薬がネクロトーシスの情報伝達タンパク質を減少させ、心機能低下を抑制することを明らかにした。他にもアレルギー疾患治療薬や脂質異常症治療薬などから候補化合物を探し出し、心筋細胞死の抑制効果を検討している。

さらに現在は「駆出率が保持されたままの心不全(HFpEF)」にも関心を広げている。心不全患者の多くは、心臓の収縮機能が弱くなり、血液を放出しにくくなる症状(駆出率の低下)が見られるが、中には収縮機能が保たれたまま心不全に陥る場合がある。このHFpEFに対する治療薬は、いまだほとんどないという。丸ノ内講師はHFpEFに有効な候補化合物も発見し、有効性の検討を進めている。

これらの研究が、心不全の死亡率を下げる画期的な治療薬の創製につながっていくことを期待したい。

投稿日:2024年11月18日
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