分子を標的とした光酸素化で
多様な疾患に使える治療法開発を目指す
光線力学的療法(PDT)や光免疫療法(PIT)といった「光」を使った治療が、先進医療に用いられるようになっている。狙った場所にピンポイントで照射でき、しかも時間や強度、波長によって精密に制御できることから、体への負担が少なく、高い治療効果を発揮できるところが「光」の強みだ。
谷口敦彦准教授はこの「光」に可能性を見出し、PDTやPITを凌ぐ革新的な治療法の創製を目指して研究している。着目するのが、「光酸素化」という化学反応だ。光によって励起した光酸素化分子(光増感分子)が、酸素分子を活性酸素に変換し、この活性酸素がタンパク質などの生体分子に酸素原子を挿入して不活性化する。これが光酸素化のメカニズムだ。谷口准教授は、組織や細胞を標的とする既存の光酸素化ではなく、より小さな分子を標的とした光酸素化を可能にし、多様な疾患に適用できる治療法の開発につなげようとしている。
標的分子選択的な光酸素化を可能にする
ON/OFFスイッチ型光酸素化分子を創製
最近の研究の大きな成果が、ON/OFFスイッチ型光酸素化分子の創製に成功したことだ。「標的分子を光酸素化するには、標的分子に結合するリガンドに光酸素化分子を架橋するのが一般的な戦略です。しかし問題は、リガンドと標的分子の結合が可逆的なこと。これではリガンドが標的分子と結合していない時でも、光が照射されると活性酸素が産生され、標的ではない分子に影響が及んでしまいます」と課題を語る。リガンドと標的分子が結合した時だけ選択的に光酸素化を起こす方法はないかと模索し、目を付けたのが、分子ローター型蛍光分子だった。この分子は、光刺激によって励起したエネルギーで分子内回転を起こすが、何らかの原因で回転運動が抑制されると、使途のなくなったエネルギーを蛍光として発散する。この仕組みを利用し、標的分子と結合して回転運動が抑制された時だけ光酸素化を実現できないかと考えたのだ。谷口准教授は、マイオスタチンを標的分子として、ON/OFF機能で選択的に光酸素化し、その活性を効率的に阻害する手法の開発を試みた。
マイオスタチンを選択的に光酸素化し
高効率に不活化することに成功
マイオスタチンは、筋肉の増殖を抑制する働きを持つタンパク質だ。マイオスタチンを阻害すると筋肉量が増えることから、筋ジストロフィーやカヘキシアなどの筋萎縮性疾患の治療法になり得ると考えられている。谷口准教授らの研究室では、これまでにマイオスタチンの活性阻害能をもつマイオスタチン結合ペプチド1を見出している。このペプチド1は、マイオスタチンと可逆的に相互作用して阻害効果を発揮する。さらに阻害効果を高めるために谷口准教授は、ペプチド1に標的分子と結合した時のみ光酸素化活性を発現するスイッチ型光酸素化分子を架橋し、ペプチド-光分子コンジュゲート2を創製した。
次いでこのコンジュゲート2が本当にマイオスタチンを酸素化、不活化するか検証を行った。「コンジュゲート2をマイオスタチンに添加し、人体に影響の少ない近赤外光(波長:約730nm)を照射したところ、マイオスタチンが酸素化修飾されたことを示すデータが得られました。また脱気処理済み(酸素のない状態)の緩衝液中では酸素化が抑制されたことも確認されました」
続いて、マイオスタチン選択的に働いているかも検証した。マイオスタチンの他に、オフターゲットモデルとしてサブスタンスPおよびアミロイドβ1-42といったペプチドを使用。それぞれにコンジュゲート2を添加して近赤外光を照射し、比較検討を行った。その結果、マイオスタチンのみ、有意に酸素化が起こったことが示唆された。
さらにin vitroの細胞実験により、コンジュゲート2によって光酸素化されたマイオスタチンが、顕著に活性を失っていることも確認された。この阻害効果は、既存のマイオスタチン結合ペプチド1の実に1500倍以上に及んだ。「このような効率的阻害が得られるのは、ペプチド-光分子コンジュゲート2がマイオスタチンを不可逆的かつ触媒的に酸素化し、不活化するためと考えられます」。以上によって、マイオスタチン結合ペプチドと光酸素化分子からなるコンジュゲートを創製し、これを用いた選択的光酸素化によってマイオスタチンを効率的に阻害することに成功した。
谷口准教授らは、コンジュゲート2の毒性検査を実施し、細胞毒性、光毒性のいずれもほとんどないことも確かめている。これはマイオスタチンを効率的に阻害する新しい治療法の開発に大きな可能性を示したといえる。現在はさらに前進し、動物実験でのマイオスタチンの阻害効果を検証中だ。
「分子を標的とした光酸素化が可能になれば、マイオスタチンのみならず、多様な生体分子にターゲットを広げることができます。多様な病原分子を効率的に阻害する新しい光治療法の開発や、生体分子の機能解明に役立つ有用な研究ツールとしても役立てられる可能性が広がります」と谷口准教授。光酸素化が、難治性疾患に新たな光をもたらすかもしれない。