なぜ理系に進もうと思ったのですか?
元々、平安時代の古典文学や、英文学に興味があり、自然科学全般も大好きでしたが、文系に進もうとずっと思っていました(数学と物理では良い点数が取れなかったので…)。高校2年生の終わりに、3年次のクラス編成のために文系か理系かを選ぶ必要があり、その時に考えたのは、古典文学や英語はある程度は自分自身で学び続けることができるかもしれないが、数学や有機化学、物理を自分だけではとても学習することはできないだろう、ということでした。そこで、興味はあるが自分にとってはより厳しい道の理系を選択することにしました。
当時は、なんとなく理学部の生物学科や生命科学部などが良いのかなと考えていましたが、高校3年生の時、生物IIIの講義で、血液細胞について学びました。そこで、赤血球、白血球、血小板の形態と機能の多様さ、それがたった1つの造血幹細胞から生み出されることに興味を惹きつけられました。そこで、将来この血液細胞の研究をしたい、と強く思うようになりました。それが私の理系のキャリアを選択した始まりです。そこから既に20年以上経ちましたが、今も血液細胞のことを考えると飽きることがありません。
大学時代のことを教えてください。
臨床ではなく、血液についての基礎研究を行いたいと考えましたが、どの学部に行ったらいいのか分からず、相談できる人も当時見つけられませんでした。資料を取り寄せて調べて、臨床検査技師の専攻のあるところにしました。幅広く医学の基礎知識と臨床検査について講義と実習で学ぶことができました。病院での実習の中、卒業研究も行う日々は大変でしたが、とても勉強になりました。臨床検査技師の免許は卒業と同時に取りましたが、研究者になりたいという目標は常に持ち続け、それを叶えるために大学院に進学しました。修士・博士の間は、主に白血病モデルマウスを用いた新規治療薬の効果についての研究や、骨髄の中の環境が白血病細胞の分化や増殖に及ぼす影響、そしてそれを標的にした治療戦略の開発などを目標として研究を進めていました。
医学研究科だったので博士課程の大学院生は医師が多く、患者さんの診察をしておられる中で、病気の原因を解明したい・治療法を見つけたい、というモチベーションを持って研究しておられました。一方、自分自身の研究のモチベーションが純粋な興味であることに弱さを感じ、自信を無くした時期もありました。周りの先生方の励ましで立ち直ることができ、その頃いただいた「医師ではない基礎研究者は医学研究にはなくてはならない」といったお言葉が心の支えになりました。また、特に大きかったのは、大学院時代に国内外の学会で発表する機会をたくさんいただけたことでした。普段は研究室でコツコツと実験していることですが、その成果を発表して、自分が思ってもいなかった角度からの質問や意見をいただき、他の研究者とディスカッションできることがとても楽しく、もっと頑張りたい、このような研究の世界にずっと身を置いて血液の勉強をし続けたい、との思いを強くしていきました。
どんなお仕事をされているのでしょう?
博士の学位を取得した後、助教として3年間、さらに博士研究員として4年半、造血幹細胞の発生や白血病マウスモデルでの研究を進めました。自分で研究費を獲得することが必要になり、研究成果を出すことにおいても学生の時とは異なる大きな責任感を感じました。それと同時に、自分で考え、上司と相談しながらどんどん研究を進めていくことにはやり甲斐を感じていました。その頃、様々な先生方から留学経験に関するお話を聞いて、留学してみたいという気持ちを持ち始めました。当時の上司の友人にあたる方がアメリカでラボを持っており、その研究室にポスドクとして赴任しました。3年半の留学で、ネイティブのようには話せなくても、躊躇することなく自分の考えや意見をディスカッションの場で英語で言うことができるようになりました。また、自分より若いポスドクや大学院生に研究指導をする機会も初めていただき、プロジェクトや実験のデザインの仕方、指導・サポートの仕方など、実際にやっていく中で学んでいきました。この時の経験はとても大きいです。
留学から帰国してすぐ、現職に就きました。現在は、造血幹細胞が私達の身体の状態に合わせてどんな風に血液細胞の産生を調整しているのか、またその他複数の研究プロジェクトを学生さんと共に進めています。基礎医学研究者として、研究成果を将来、血液細胞を体外で効率よく産生するための技術や、炎症性疾患や白血病を治療するための新しいアプローチに繋げたいと考えています。
教育活動としては、英語の講義と学生実習を担当しています。学生実習では、初めてマウスとヒトの血液細胞を顕微鏡で観察して面白かったという感想をもらうことが多く、嬉しく感じます。
仕事の「ここがおもしろい!」を教えてください。
研究では、日々、学生さんや自分の研究結果を基に、次にどうしたら良いか、自分自身で考えて進めていきます。やり甲斐はとても高い仕事だと思います。今まで誰も発表していないことを発見した時の感動、自分の出した論文が他の研究者に引用してもらえたり、他の研究者と研究内容についてディスカッションでき、研究内容をさらに発展させていける時、やり甲斐を感じます。また、自分の研究における経験や知識を基に学生さんを指導し、学生さんがとても興味を持ってくれたり、研究の面白さにわくわくしてくれたりする時にも、この仕事に携われて幸せだと感じます。上司や同僚、学生さんと共有するそうした瞬間は、大きな喜びです。
中高生に「理系のススメ」をお願いします。
理系かどうかは関係なく、結局は自分が情熱を持って打ち込むことができること、好きだ、これについて研究したい、もっと知りたい、という気持ちさえあれば大丈夫だと思います。中高生の時は、その気持ちを共有できる人が周りに全然いないことも少なくないかもしれません。ですが、情熱を持って自分がしたいことをできる・学べる「場所」、まず入口としては大学になるのかもしれませんが、そこに行くことができれば、自分と同じ興味や視点で話をすることができる友人、先輩、先生に必ず出会えます。
経済的な面も心配かもしれませんが、それで諦める必要はないと思います。私自身裕福な家庭ではなく、大学の4年間の学費だけは出してもらうことができたものの大学院の学費は出せないと言われていました。全て奨学金と日本学術振興会DC1の制度(博士課程の学生が、生活費・学費に充てることができるくらいの収入と研究費をいただくことができます)で大学院の修士・博士修了まで進むことができました。大学独自の奨学金制度を持っているところもありますので、調べてみてください。
最後に、理系の場合、博士課程に行くと年齢も高くなって選択肢が狭まって就活しにくい、と言われることがあります。そういう面もあるのかもしれませんが、博士の学位を持っているかどうかは、将来留学したい、海外の研究所で働きたい、大学の教員になりたい、企業や研究機関で研究職に就きたい、という時に極めて重要になります。夢があるなら恐れず、進んでみてください。大学院、特に博士課程での学び・研究のトレーニングの時間は、本当にかけがえのない、楽しいものです。