名誉教授コラム

総説の書き方:いま分かっていることをどう調べて解説するか

総説(総説論文)には、ある事柄に関してその時点で分かっていることが原著論文(実験や観察、測定結果等を報告した文献)に基づいて解説されている。

ここでは大学院生向けに、文献調査と総説の書き方を紹介する。ここで紹介する方法は、原著論文や学位論文の序(背景)を書く時にも利用できる。また総説の書き方が分かると、私が総説を信頼している理由も分かるかもしれない。総説には、ある事柄に関してその時点で分かっていることが解説されている。

どの様に調査するか

まず知りたい事柄をネット検索して、解説サイトや書籍を探す。解説サイトや書籍を読むと、知りたい事柄の概観を得ることができる。例えば、ウィキペディアで概要が分かる場合も多い。ただし、ウィキペディアの項目を記載した人が専門家かどうかは分からない。また、解説サイトや書籍は最初の手がかりとしては良いが、引用文献が無い場合も多く、しばしば新しい情報が含まれていない。一方、知りたい内容が書かれている新しい総説が見つかれば、もう自分で調べる必要はない。その総説を読めば良い。

鍵論文を探す

自分が知りたい事柄に関する総説が見つからない場合、手がかりとなる論文、鍵論文をGoogle Scholarで探すことから始める(以下では原著論文を単に論文と記す)。Google Scholarでは、検索語句との関連性が高い順に論文をリストすることができる。自分が知りたい事柄に関連した論文が見つかれば、それが鍵論文となる。

ただし検索で見つかる鍵論文は、必ずしも最新の論文ではない。そこでGoogle Scholarでその鍵論文の下にある「被引用数」をクリックすると、その鍵論文を引用している論文、つまり、より新しい論文がリストされる。

鍵論文から見つかった新しい論文をいくつか読むと、共通して引用している重要な論文がわかる。これが新しい鍵論文となる。新しい鍵論文をもとにまた論文探しを行う。こうした作業を繰り返して、知りたい事柄に関連する重要な論文を大体見つけることができれば、調査の第一段階は終了する。

見つかった論文を読む

見つかった論文を読むと、どの様な実験によってどの様なことが推定されているのかが分かる。さらにその論文に引用されている論文や、その論文を引用している論文を読むことで、その時点で分かっている事の全体像が見えてくる。

専門家は、自身の研究分野に関してこうした作業を常に行っている。また、専門家は学術研究会に参加して研究発表を聞いている。したがって、専門家はその時点で分かっている事の全体像を常にほぼ把握している。私はこういう人をその分野の専門家として信頼している。

論文を解説する

こうして見つかった論文ではどの様な実験を行っていて、どの様な結果を得ていて、何を推定しているのかを、いくつかの文章で解説する。似たような実験が行われている場合には、関連するいくつかの論文を一つの項目で解説する。解説には論文を引用する。

次に、いくつかの項目を一つの節(せつ)としてまとめ、その節の最後に「節のまとめ段落」を置く。「節のまとめ段落」の最初の文章では、その節で何に関して解説したかを述べ、「節のまとめ段落」の最後の文章では、何がどの程度分かっているのかを解説する。

専門家の観点からすると、「何かが分かる」という事には様々な段階がある。実験科学では、論文によって何かが「証明される」ことは無く、何かが「推定される」だけである。すでにたくさんの実験結果があってはっきりと分かっていることもあるが、そうではないことも多い。それらを適切な表現(分かっている、可能性が高い、可能性もある、不明である等)で解説する。例えば「何々の可能性が高いが、こうした可能性もあり、これこれの点はまだ不明である」という様な解説が最も良い解説になる。

結論あるいは要旨を書く

総説の最後には総説全体の結論を書く事が多い。これは要旨として、総説の最初に書く場合も多い。

「節のまとめ段落」をつなげると、結論や要旨の土台ができるが、そのままでは長すぎるので文章を減らす。それぞれの「節のまとめ段落」が良くできていれば、「節のまとめ段落」の最初と最後の文章を残せば結論や要旨になるはずである。この結論をひとことで表せば総説のタイトルになる。

推敲する

最後に推敲する。主語と述語の呼応、述語の適切さ、修飾する語句が修飾される語句の近くにあるか、文章が前の文章と繋がっているか、文章が適切な段落に入っているか、「節のまとめ段落」の最初と最後で節の解説になっているか等を確認して、必要ならば修正する。

日本語の文章では主語を省く場合もあるが、できる限り主語をいれて曖昧さを減らす。同様に代名詞が何を指すかが自明であるとは限らないので、代名詞もできる限り減らす。そして最も重要な点は内容が正確であること、次に重要なのは読みやすい文章であることである。この様に、ある事柄に関してその時点で分かっていることを総説として解説する。