図の説明:遺伝の仕組み。遺伝情報はDNAに記録されており、複製されて子孫に伝えられる。遺伝情報は転写されてコピー(mRNA)ができ、翻訳されてアミノ酸の並び順になる。翻訳過程では、リボソーム(rRNAとタンパク質でできている)がtRNAに結合したアミノ酸をmRNAの情報にしたがって重合する。アミノ酸が遺伝情報にしたがって重合してできたタンパク質は、アミノ酸の並び順の情報をもとに構造をもち、触媒機能をもつ様になる。DNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼは何れもタンパク質(機能分子)であり、それぞれDNA複製と転写を触媒する(山岸2017)。
必要なこと1:遺伝の仕組み誕生の説明
オパーリンが生命の起源に関する提案をして以来、コアセルベートと名付けられた小球あるいはベシクルがあれば、なんとなく生命が誕生するのではないかと楽観的に考えられた時代が続いた(オパーリン1969)。しかし、遺伝の仕組み(上の図)の解明はその淡い期待を壊した。
遺伝の仕組みでは、遺伝情報(DNA)が複製されて子孫に受け継がれる。それに加えて極めて重要なのが、遺伝情報に基づいて機能分子(タンパク質)が作られることである(上の図)。機能分子無しには遺伝情報は意味を持たない。逆に、遺伝情報が無ければ機能分子はできない。遺伝情報と機能分子のどちらが先にできたのか、遺伝の仕組みの誕生の謎があった。この謎は「タマゴとニワトリのパラドックス」とも呼ばれる。
有機物の溶液(原始スープ)があれば、膜に包まれた有機物があれば、エネルギーがあれば、無機触媒があれば、なんとなく生命が誕生する、という説が間違っているわけではない。しかし、これらの「なんとなく誕生する」という生命の起源論では、遺伝の仕組みの誕生について説明できない。遺伝の仕組みの誕生過程が説明されなくてはならない。
遺伝の仕組みの誕生を説明可能にしたのがRNAワールドである(Gilbert, 1986; 名誉教授コラム「生命の起源:RNAワールド」)。RNAワールドによって、遺伝の仕組み誕生の道筋を説明できる様になった(名誉教授コラム「生命の起源II: RNA細胞の進化」)。
必要なこと2:遺伝情報を子孫に伝えられなければならない
「なんとなく誕生する」という生命の起源論で欠けている二番目の点は、誕生した原始細胞がその性質をどの様に子孫に受け継いだのかという点である。
誕生した生命がその性質を子孫に受け継ぐためには、情報が複製され、その情報が子孫に伝えられなければならない。
現在、遺伝情報を保持して複製され得る分子としては、DNA、RNAとその類似分子(山岸2023)が知られている。これらの分子のうち、自然界で合成される可能性が報告されているのはRNAだけである(山岸2023)。自己複製できるRNA鎖(45個の単量体でできている)が見つかった(Gianni, E. et al., 2026)
必要なこと3:材料が非生物的に供給される
生命の起源を考える上で重要な三番目の点として、生命誕生の材料が非生物的に合成され、生命誕生の場所に供給されなければならない。
この点で、RNAの材料である核酸塩基とリボースは隕石中に見つかっている(Furukawa et. al. 2019). これらの材料から水溶液中でRNAの単量体が合成され得ることが報告されている(まとめは山岸,2023)。これらの有機物は溶液が地下に浸透すると吸着されてしまう可能性があるが、地表であれば供給される可能性がある。
必要なこと4:エネルギーが供給されなければならない
「なんとなく誕生する」という生命の起源論で欠けている四番目の点は、エネルギーが最初の生命(原始細胞)に供給される仕組みの説明である。
水中ではアミノ酸もRNAもDNAも自然には重合しない。アミノ酸もRNAもDNAも、それぞれの分解反応は水溶液中で自然に進行するが、重合反応は決してすすまない。それは水と接触する環境では重合した分子よりも分解した分子の方が安定だからである。
現存する全ての生物は、高エネルギー分子(代表的なものとして、ATP:アデノシン三リン酸)を作って、共役という仕組みでアミノ酸やRNA、DNAを重合させている(名誉教授コラム「生きる仕組み:物理化学的に」)。しかし、そのためには遺伝の仕組みが必要である。遺伝の仕組みが誕生する前にどのように高エネルギー分子が作られ、どのように原始細胞に供給されていたのかが説明されなければならない。
RNA細胞は高エネルギー分子として、環状リン酸化RNA(cNMP: cyclic nucleotide monophosphate)あるいは短鎖RNAを利用していた可能性がある。これらの分子は、水溶液中で、あるいは乾燥によって非生物的に合成され、陸上の水たまりに供給されていた可能性がある(名誉教授コラム「生命の起源III:生命の起源の諸問題と場所」)。
生命の誕生の謎が解けたという為には、少なくともこれらが説明される必要がある。ここでは、これらを解決するモデルとしてRNAワールドを紹介したが、他のモデルであっても、これらの問題を解決することが分かれば、生命の起源のモデルとしての可能性がある。
参考文献
Furukawa, Y., et al. (2019) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 116, 24440-24445.
Gianni, E. et al. (2026) Science, First Release. DOI: 10.1126/science.adt2760
Gilbert, W. (1986) Origin of life: The RNA world. Nature, 319, 618.
オパーリン(1969)生命の起源:生命の生成と初期の発展. 石本真訳. 岩波書店.
山岸明彦(2017)基礎講義 遺伝子工学Ⅰ. 東京化学同人.
山岸明彦 (2023)日本惑星科学会誌 32, 68-122.