名誉教授コラム

道路陥没事故とインフラの保全

井上英史 
 

公衆衛生の確保には、水道・下水道の整備が不可欠です。日本はこの分野で世界的に高い水準にありますが、近年、経年劣化に伴う問題が顕在化しています。

水道管の敷設は、1950年代後半から70年代前半の高度経済成長期に急速に進みました。2023年3月末時点の普及率は、98.3%です(参考1)。また、下水道も着実に整備され、1970年頃は8%であった下水処理人口普及率*が、81.4%まで向上しました(参考2)。その結果、トイレの水洗化が進み、公衆衛生が向上するとともに、公共用水域の水質も改善されました。
*人口に占める下水道管が整備された地区に住む人の数

一方で、設備の老朽化が進んでいます。水道管の法定耐用年数は40年ですが、これを超えた水道管路の割合が年々増えており、漏水・破損事故が多数発生しています。標準耐用年数50年の下水道管についても、同様の状況です。1月28日、埼玉県八潮市で、下水道管の破損による大規模な道路陥没が発生しました。

八潮市の道路陥没事故

1月28日午前9時40分ごろ、八潮市の交差点で道路が陥没し、トラックが転落しました。運転手は、3週間を経て発見されていません。

穴は当初、直径約10メートル、深さ5メートルでしたが、新たな陥没と崩落が続き、翌々日には直径40メートルに拡大しました(参考3)。さらなる陥没の恐れがあるため、付近の住民に避難が要請されました。また、陥没現場への水の流入が、転落したトラックの運転手の救助活動を妨げています。そのため、周辺の地域に下水道の使用自粛が呼びかけられました。この自粛要請は2月12日に解除されました。下水の水位をバイパス路によって下げることができたためです。

陥没はどのようなメカニズムで発生したのでしょうか? 特別な要因でなければ、他の場所でも発生する可能性があります

下水道管路に起因する道路陥没の発生状況

今回の陥没事故は、下水道管の破損に起因しますが、かつてない大きさの陥没でした。下水道に起因する道路陥没は、どれくらい発生しているのでしょうか?

国土交通省の資料によると、令和4年度の下水道管路に起因する道路陥没の件数は2625件です(参考4)。そのうち、深さが1メートル以上のものは132件、3メートル以上のものは3件でした。全陥没件数のうち、2221件(84.7%)が管理施設の老朽化に起因しています。コンクリート管の破損によるものは132件でした。

また、腐食のおそれが大きい下水道管路に起因する道路陥没は、11件でした。ここで言う「腐食のおそれが大きい下水道管路」は、「多量の硫化水素の発生により腐食のおそれが大きい箇所」を指します。具体的には、圧送管の吐出し先や落差・段差の大きい箇所です。高低差の著しい場所では下水が撹拌されるため、硫化水素が発生しやすく、これが下水道管の腐食を引き起こす原因となります。

硫化水素の発生と下水道管の腐食

下水は主に、食べ残しや排泄物を含む生活排水です。動植物に由来するタンパク質や有機硫黄化合物が分解されたり、硫酸塩が硫酸還元細菌の作用で還元されたりすることで硫化水素が発生します。

気相に放出された硫化水素は、コンクリート表面の結露水に溶け込みます。下水道管の結露水中には硫黄酸化細菌が生息しており、硫化水素を酸化してエネルギーを得て、代謝産物として硫酸を生成します。コンクリート表面で硫酸が濃縮されると、pH 1~3の強酸性となり,アルカリ性であるコンクリートを腐食させます。腐食が進行すると、コンクリートが弱体化し、最悪の場合、壁や天井がもろくなり、穴が開いてしまいます(参考6)。

年数を経た下水道管では、このような腐食が進行していることが考えられます。高度成長期に敷設された下水道管は次々と耐用年数を迎えています。また、耐用年数に達していなくても、腐食の進んだものは早期に発見して交換する必要があります。腐食のおそれの大きい下水道管路は、5年に1回以上の点検が義務づけられています(下水道法施行令第五条の十二)。

今回、八潮市で破損した下水道管は1983年に敷設されたもので、耐用年数には達していませんでした。埼玉県は、2021年度に実施した定期調査でこの管路を点検していました(参考5)。この調査では、内部にドローンを投入して撮影した映像をもとに、管に穴が空いていないか、鉄筋がむき出しになっていないかなど、腐食の状況が確認されました。その結果、直ちに補修が必要なほどの腐食は見られず、「5年以内に再調査を行う」という判定でした。それでも大きな陥没が生じたわけですが、当時の撮影解像度では発見できなかった小さな穴が、その後拡大したのかもしれません。

八潮市の陥没事故で想定されるメカニズム

下水道管の腐食が今回のような大規模な崩壊を引き起こすかどうかは、地質によって異なります。崩落の原因となった下水道管は地下約10メートルの深さにあり、周辺の地盤は地下水を含む砂地でした。

この事故の原因については今後調査が進められますが、これまでの報道による専門家の解説では、次のようなことが想定されています(参考5)。

まず、下水道管に何らかの原因、例えば硫化水素の発生に起因する腐食により、穴が空きます。現場の地盤が地下水を含む砂地だったため、その穴から土砂が流れ込み、下水道管と地表との間に空洞が形成されます。空洞はすり鉢状に広がり、一定の大きさに達すると、地盤が重さに耐えきれず陥没したと考えられます。

東京大学生産技術研究所の桑野玲子教授によると、理論上、地下3メートルの深さに少なくとも直径15メートルもの空洞ができていたと推定されるそうです。

地下の空洞を探査する方法

今回のような大規模な陥没を未然に防ぐためには、地下に生じている空洞を特定することが重要です。そのために「地中レーダー探査」が行われています(参考7)。これは、50 MHz~4.5 GHzの電磁波を利用して地中の構造や埋設物を探査する手法です(参考8)。

地中レーダー探査は、深さ2メートル程度までの空洞を見つけるのに適しています。しかし、4メートル以上深い空洞を検出することは困難です。

八潮市で発生した陥没事故の現場でも、4年半ほど前に地中レーダー探査が行われましたが、異常は発見されませんでした(参考9)。深部の空洞を確実に発見できる手法が求められます。

人工衛星使った水道管の漏水調査

下水道管だけでなく、水道管の破損による漏水も頻発しています。2月11日、千葉県大網白里市で道路が陥没し、一時は水が10メートルも噴き上がるという事故が発生しました。水道管の破損による漏水が原因と考えられています。

最近、人工衛星を活用した水道管の漏水調査が、さまざまな自治体で導入されています(参考10)。この手法では、人工衛星からL帯(波長150~300 mm、周波数1~2GHz)のマイクロ波を照射し、その反射波をAIで解析することで、地下の水が水道水かそれ以外の水かを判別します。

水は他の物質に比べて誘電率が高く、特にマイクロ波に対して強い反射特性をもっています。このため、水が存在する場所ではマイクロ波が強く反射されます。また、水道水とそれ以外の水(未処理の自然水や下水)では、反射特性に違いがあります。これを利用して水道管からの漏水を検出します。

波長の長いマイクロ波は、樹木や舗装面を透過して地中に侵入するので、地中約3メートルまでの漏水を、半径100メートルの範囲で検出することが可能です。人工衛星から照射したマイクロ波の反射波をAIで解析し、水道水特有の信号を識別することで、地下3メートルまでの漏水の可能性がある区域を半径100メートルに絞り込むことができます。この方法は、天候や昼夜に左右されることなく、一度に広範囲を調査できるため、従来の現地調査に比べて時間や人手を大幅に削減できます。

先進技術を活用したインフラ保全

水道・下水道設備の老朽化が進んでおり、修繕や更新が必要です。事故を防ぐためには、劣化箇所を早期に発見することが重要です。インフラの劣化は、橋やトンネルなど高度成長期に整備されたさまざまな施設でも進んでいます。新しい技術が、安心・安全な生活を守るために役割を果たすことが期待されます。

八潮市での救助や復旧が早く進むことを願っています。


参考
1. 国土交通省、令和4年度 現在給水人口と水道普及率、https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/watersupply/content/001737264.pdf
2. 国土交通省、下水道整備の推進、https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000134.html
3. 朝日新聞、道路陥没が拡大、穴は最大幅約40メートルに 流水阻止へ 埼玉、2025年1月30日、https://www.asahi.com/articles/AST1Z0GT7T1ZOXIE007M.html
4. 国土交通省国土技術政策総合研究所、上下水道研究部下水道研究室、下水道管路管理延長(令和4年度末時点)及び下水道管路に起因する道路陥没の発生状況(令和4年度)、令和6年5月(令和7年1月 一部修正)
5. NHK首都圏ナビ、埼玉 八潮 道路陥没事故 大規模化の原因は?他の地域もリスクが…前兆どうつかむ、2025年2月7日、https://www.nhk.or.jp/shutoken/articles/101/019/46/
6. 小島英順、「排水処理施設における硫化水素の問題と,薬剤を用いた対策技術」、におい・かおり環境学会誌、49、254-264(2018)
7. 日本応用地質学会中国四国支部、応用地質Q&A、空洞調査の手法と適用限界、https://www.jseg.or.jp/chushikoku/assets/file/faq/1-15.pdf
8. 総務省、地中レーダーの現状、https://www.soumu.go.jp/main_content/000477175.pdf
9. 日経クロステック、「通常の調査頻度で空洞発見は困難」、八潮道路陥没で探査の研究者が解説、2025年2月10日、https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/03087/020700012/
10. 岡田俊樹、衛星画像を活用した AI 漏水調査について、AI・データサイエンス論文集、4巻L1号、23-26(2023)
神戸市水道局、「人工衛星画像とAIを活用した漏水調査」を実施します、2024年10月31日、https://kobe-wb.jp/news/20241031/

 

投稿日:2025年02月18日
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