名誉教授コラム

英語が分からない:好きこそものの上手なれ

山岸明彦
写真はUniversity of California Berkeley, Wikimedia Commons

大学院生時代、英語で行われた講演を聞く機会があった。しかし、分からない。スライドを読んで、内容を想像する。しかし、分からない。半分も分からなかった。

今も英語のニュースが分からない

今も英語のニュースが分からない時がある。何を言っているか分からない。ところが、日本語のニュースで既に聞いた内容は分かるような気がする。英語を知らないから内容が分からないのではなく、内容を知らないから英語が分からないのかもしれない。

これと似た経験がカリフォルニア大学留学中にもあった。他の学生同士の会話を聞いていても何を言っているか分からない。彼らの会話に入れない。やがて気がついた。彼らは、「誰々が何々をした」という話しをしているのだが、私が「誰々を」知らないのだった。分からないのは英語ではなく、話しの内容だった。

最初から最後まで丁寧に読む

今も、論文を読んでいて分からない時がある。これまでと違う分野の論文を読むときには、分からない事がある。つまり英語が分からないのでは無く、書いてある内容、概念が分からないのだ。

そういうときにはどうするか。その分からない論文を最初から最後まで丁寧によむ。何度か繰り返し読むと、新しい概念がだんだん分かってくる。

慣れれば図だけをみて意味が分かる

その分野の考え方がわかると、論文を端から端まで読む必要はなくなる。まず、タイトルを読むと、論文で何が言いたいのかが分かる。次に要旨を読むと、どのような発見をしたのかが分かる。そこで、図と表を順に確認する。すると、その発見が信頼に足るかどうかが分かる。多くの場合はこれで充分である。最初から最後まで丁寧に論文を読む必要は無い。

新しい実験方法や解析方法を使っている場合には、その方法の説明を丁寧によむ。すると、その方法のどの点が良いのか、どの点が重要なのか、その限界はどこにあるのかが分かる。すると、後でその方法を使った論文に出会ったとき、どこまで信頼して良いかが分かる。

大学院で厚さ2cmの論文

英語圏の研究者は楽に違いない。もちろん、楽に違いない。ところが、英語圏の大学院生でも論文を読むのは大変そうだ。大学院生は厚さ2cmの論文を次ぎの週までに読んで授業で報告する。アメリカ人大学院生でも、こういう練習を積まないと論文が読めるようにはならない。アメリカの大学院では、論文を読みこなして、それを報告する訓練を行っている。

日本語も同じかもしれない

日本語も同じかもしれない。私は大学院生時代に、当時はまだ新しかったアクリルアミドゲル電気泳動の原理を書いた実験書を読んだが、分からない。何が書いてあるかが分からない。間違い無く日本語なのだが、分からない。何度も読み直すことでやっと書いてあることが分かった。

つまり日本語で書いてあるからといって、意味が分かるわけでは無い。日本語で書いてあったとしても概念を知らない場合には分からない。そういう場合にどうするか。ああでもないこうでもないと、繰り返し読む他は無い。(何が書いてあるかをだれかに聞くのも役に立つ)。

脳持久力

日本語にせよ、英語にせよ、わからない文章を何度も読むのは苦痛である。どれだけの苦痛に耐えることができるかという、脳の持久力が要求される。次々と出てくる新しい知識や概念を理解していくためには脳持久力が必要である。

脳持久力をつけるために、とても良い方法がある。それは、どうしても知りたいこと、面白いと思うことを読むことである。好きなことであれば苦痛でも我慢できる。そのうちに脳持久力が増してくる。好きこそ物の上手なれというのは、こういうことかもしれない。

 

 

 

(11/12 本連載は12回連続となります。)