名誉教授コラム

寿命:人はなぜ老い、死ぬのか 

山岸明彦
 右図出典:"Old Age and Death, from 'The Course of Human Life'" by Pieter Jalhea Furnius is marked with CC0 1.0.

人に限らず、動物は年老いて死ぬ。なぜ人や動物には寿命があるのだろう。まだ良く分かっていない。良く分かっていないが、昔はたとえばヒトが数十年くらいで死んでいたので、現在もヒトの寿命が数十年くらいであるということのようだ。禅問答のようだが、どういうことなのだろう。

有性生殖と寿命の関係

文献には、有性生殖する生物は寿命をもつようになった、と書いてあることもある。これは少し補足しておく必要がある。寿命は有性生殖する生物種で見られるが、有性生殖する生物種すべてに寿命があるわけではない。

たとえば、ジャガイモは花を咲かせて地上部は枯死するが、芋で無限に増殖するので、ジャガイモに寿命はない。動物でも、イソギンチャクの仲間であるヒドラは有性生殖するが、出芽して増えるので寿命がない(Murad, R. et al., 2021, Genome Biol. Evol. 13: evab221)。つまり、有性生殖しても無性生殖できる生物には寿命がない。

細胞分裂と寿命の関係

一方、有性生殖して無性生殖できない種には寿命がある。例えば、哺乳類の個体は無性生殖できず、寿命がある。個体だけで無く、哺乳類の細胞も一定回数分裂すると分裂を停止する。

哺乳類細胞の分裂停止にはテロメアの長さが関わっていることが知られている。哺乳類を含む真核生物の染色体は直鎖状のDNAで、その末端はテロメアと呼ばれる構造になっている。DNA複製酵素はテロメアの末端を複製することができないので、細胞分裂する度にテロメアがだんだん短くなる。テロメアが短くなると細胞分裂が止まる(細胞の分子生物学 第6版. ブルース・アルバーツ 他著 中村桂子/松原謙一 監訳 ニュートン 2017)。

しかし、真核生物はテロメアを長くする酵素テロメラーゼをもっている。したがってテロメラーゼが機能すれば、テロメアは短くならない。なぜテロメラーゼが機能しないのだろう。テロメラーゼはガンとも関係しているが、適度に機能すれば細胞は分裂停止しないはずである。つまり、細胞分裂停止の仕組みがテロメアで説明できても、テロメラーゼが適度に機能しない理由はわからず、細胞分裂が停止する理由もわからない。

生殖活動の時期と寿命の関係

実は哺乳類には、成体になってから一定時期に生殖活動を終了させる種が多い。これらの種では、生殖活動を一定時期に終了させた結果、寿命ができたという説がある。この説では次の様な仕組みで寿命を説明する。

一般に、生存や増殖に不利な因子を個体が持っていると、その個体が子孫を持つ可能性は低くなる。すると、生存や増殖に不利な因子は子孫に伝わりにくいので、やがて集団(生物種)から取り除かれる。

ところが、高齢になってから不利になる因子もある。時間の経過に伴って発現する因子や、高齢での発病に関わる因子などである。これらを老化因子と呼ぶことにしよう。老化因子が生殖活動終了後に個体で発現しても、その時には老化因子は既に子孫に伝わっている。したがって老化因子は集団から取り除かれず、老化因子が蓄積するので寿命を持つようになる。

しかしこの説でも、なぜ動物種が一定時期に生殖活動を終えてしまうのかという理由はわからないので、動物種が寿命をもつ理由も分からない。

外部要因による死と寿命の関係

さらに別の説がある。外部要因(捕食されたり、けがや病気)による成体死亡頻度が寿命と関係しているという説である。実際、外部要因による成体死亡頻度の高い小型動物の寿命は短く、大型動物の寿命は長い傾向にある。たとえば、ネズミの寿命が1〜3年なのに対し、ゾウは70年以上(Wiese, R. J. and Willis, K. 2004, Zoo Biol. 23: 365-373)、クジラは100年以上生きた個体がある(George, J. C. et al. 1999, Can. J. Zool. 77: 571–580)。

外部要因による成体死亡頻度が高い種ほど、早期に生殖活動を始める。外部要因によって多くの成体が死亡する前に生殖活動することで、より多くの子孫を残せるからである。その結果、寿命ができるというのである(なぜ老いるのか、なぜ死ぬのか、進化論でわかる. ジョナサン・シルバータウン著 寺町朋子 訳 インターシフト2016)。

この説では寿命を次の様に説明している。大型動物の場合、成体死亡頻度が低いので、長期間、多数の成体が生存する。したがって、老化因子が早期に発現すると生殖を妨げるので、老化因子は集団から取り除かれる。その結果、大型の動物種は長寿命になる。

反対に成体死亡頻度が高い小型動物の場合、個体は早期に生殖活動を始める。すると老化因子は子孫に伝わって集団から取り除かれず、動物種に蓄積することになる。つまり、小型の動物はもともと外部要因によって短命なので、老化因子が取り除かれず短寿命になる。

ヒトも外部要因によって数十年で死ぬと、それ以降に発現する老化因子は集団から取り除かれずにヒトの集団に蓄積することになる。つまりヒトの寿命が数十年くらいなのは、昔ヒトが外部要因によって数十年くらいで死亡していたことが理由だということになる。

この説の場合、様々な老化因子が蓄積するので、寿命を決定する因子は複数ありうる。実際、たとえば日本人の死因は、新生物(腫瘍)27.4%、循環器系疾患24.8%、呼吸器系疾患12.2%等と多様である(人口動態統計(確定数)の概況、厚生労働省2022)。どうも、昔はヒトが数十年くらいで死んでいたので、現在もヒトの寿命が数十年くらいであるということのようだ。