名誉教授コラム

自動化しよう:人間は間違う動物である

山岸明彦

遺伝子操作の失敗

 学生が卒業研究で研究室に入ってきて実験を始めると、最初は必ず失敗する。失敗の原因は注意不足ではない。最初の実験は誰でも緊張して、丁寧に行うので、充分注意はしている。それでも、最初は誰でも失敗する。

遺伝子操作のステップ

 失敗の原因は、遺伝子操作のステップ数が多いことにある。例えばプラスミドを取るという作業がある(図参照)。説明が長いので飽きたら途中で次の段落へ跳んで構わない。

 まず大腸菌を培養してコロニーにする。試験管にいれた培地にコロニーを入れて大腸菌を培養する。培養液を遠心管に移し、遠心機で大腸菌を沈殿させる。上清をすてて溶液Aを加え、沈殿の大腸菌を分散させる。溶液Bを混合して大腸菌細胞中のプラスミドを溶液中にだす。溶液Cを混合して不要成分を凝集させ、遠心機で取り除く。プラスミドを含む上清を別の遠心管に移す。溶液Dを混合してプラスミドを凝集させ、遠心機で沈殿させる。上清を取り除き、溶液Eを加えてプラスミドの沈殿を溶かしてプラスミド溶液を得る。

 これを間違わないように実施しなければプラスミドは手に入らない。

溶液の作成

 この実験では、AからEまで5種類の溶液を使っている。それぞれの溶液は数種類の化合物を溶かして作製する。初めて実験する学生は、これらの溶液を間違いなく作製する必要がある。

 たとえば、溶液Aをつくる時にはどうするのだろうか。ここも読み飛ばして大丈夫。まず溶液に溶かす化合物の濃度を調べて書き写す。化合物の重量を計算する。計算した重量をメモする。電子天秤で化合物を量り取る。ビーカーに純水を入れて、これに化合物を順に溶かす。溶液に純水を足して体積を合わせる。これを貯蔵用のビンに移し、ビンに溶液の名称、濃度、作製者、作製日を書いて貯蔵する。

注意をしても限界がある

 つまり、一つの化合物を溶かすためにも数回の操作を行う。一つの溶液には数種類の化合物を溶かし、それ以外の作業もあるので一つの溶液作製で30回ほどの操作を行うことになる。5種類の溶液をつくると操作は合計150回ほどになる。

 いま一つの操作を99%の正確さで行える人が、5種類の溶液をつくると、どれくらいの成功率になるだろう。0.99を150回掛けると答えがでてくる。作業全体の成功率は22%となる。つまりこの人がこの溶液をつくると、5回のうち4回はうまくいかない。

 注意をしても限界がある。人間はある確率で必ず間違う。注意すれば間違いをゼロにできると思うのが大きな間違いだ。

どうするか

 しかし、いまこそ明かそう。間違いをゼロにする方法がある。それは、「書き写さない」、「計算しない」、「量り取らない」、「体積を測らない」という方法である。これで確実に間違いがゼロになる。

 それでは、溶液ができないではないか。そう、一度も数字を書き写さず、計算せず、化合物を量らず、溶液の体積を測らなければ、溶液はできない。

 それではどうするか、数字を書き写すのではなく、コピーを取れば良い。計算したら計算結果を保存して、次回はそれを見れば良い。すこし多めの溶液をつくっておいて二回目以降はそれを使い続ければ良い。

 遺伝子操作では、保存溶液を作製する。つまり、溶液A-Eをつくるのでは無く、その中に含まれる化合物それぞれの「保存溶液」をつくる。溶液A-Eはそれを混ぜることで作製する。

 なぜ保存溶液をつくると良いのか。それは、間違った溶液を減らすことができるからである。実験がうまくいかないときには、間違った保存溶液を探し出し(これもやり方があるが、ここではその説明は省略)それを作り直す。こうして保存溶液の間違いはゼロになる。次に保存溶液を混ぜて間違いのない溶液A-Eを作製する。これで、溶液作製の失敗は無くなる。

さらに良い方法

 さらに良い方法がある。それは、「キット」を購入するという方法だ。じつは間違いのない溶液のセットが「キット」として販売されている。キットを購入すれば、溶液作製の失敗は無くなる。

 これが「書き写さない」、「計算しない」、「量り取らない」、「体積を測らない」という方法である。つまり間違いのない溶液をそろえるか、キットを購入して使えば溶液作製の失敗は無くなる。

自動化しよう

 このやり方は他にも利用できる。それは、作業を自動化するというやり方である。自動化するときには、試行錯誤が必要である。しかし一旦、自動化できれば、その後の間違いはなくなる。事務作業などはITで自動化できるはずだ。文字を読み取って電子データにすることができる。その照合はITだと一瞬の仕事だ。自動化しよう。人間は間違う動物である。