名誉教授コラム

めざせ達人:成功体験のすすめ

山岸明彦
図は脳内麻薬の放出に関わる部位(腹側被蓋野) "Ventral tegmental area" by Jtneill is licensed under CC BY-SA 4.0.

脳内麻薬をつかえ

 何かがうまくいったとき、満足感が得られる。なぜなのか。中野信子著の「脳内麻薬」(幻冬舎)によれば、それは脳内に「脳内麻薬」がでてくるからだ。脳内麻薬は、脳に「ご褒美」を与える仕組みとして進化の過程で誕生したようだ。

 なんでこんな仕組みがあるのか。人間に限らず、動物は活動すれば疲労する。動物が生き残るためには、エネルギー消費を抑えた方が良い。そこで動物は無駄には活動しない。そう、動物は怠け癖をもっている。しかし動かなければ餌を捕ることができない。そこで、怠け癖を乗り越えて活動を促す仕組みが動物にはある。それが「脳内麻薬」だそうである。

 餌が捕れたとき、あるいは餌でなくてもなにかに成功すると、「ご褒美」が脳に与えられる。これが「脳内麻薬」で、その仕組みは進化の過程でできた。つまり動物には怠け癖があるのだが、生存に有利な行動を取るように快感を与える仕組みがある、ということらしい。

成功体験をしよう

 そうだとすると、なにかを好きになるためには、成功体験をすれば良いということになる。たとえば、百ます計算にもこの仕組みが関与しているかもしれない。百ます計算ができれば、「やった」と成功体験を味わえる。昨日は120秒だった百ます計算が、今日は100秒になり、成功体験を味わえる。繰り返し百ます計算を行うことで、計算が苦にならなくなる。やがて、計算が楽しくなる。

 百ます計算以外の数学の問題も、易しい問題から順に解いていくことで成功体験を積み重ねることができる。自分自身で答えにたどり着くことで、満足感が得られる。

最初の問題から解けない

 とは言っても、問題が解けないという事態にしばしば遭遇する。最初の問題から解けないこともある。あるいは、順に問題を解いていくうちに、難しい問題に遭遇することもある。難問に直面して問題が解けないと、それ以上進めなくなる。

解けない場合の対処

 解けない問題に引っかかった時にはどうすれば良いのだろう。問題が解けないという事態から脱出する方法は、三つある。

 一つは、その問題を解くのをやめにして、もっと易しい問題をといてみることだ。問題が解けない時、解けない理由はたぶん何かのやり方を知らないからなのだが、そのやり方は少し前にやった問題で得られる技術かもしれない。もっと易しい問題を解いてみると良い。

 二つめは、それ以前の知識の確認をすることだ。下の学年,高校や中学、場合によっては小学校で習った知識を忘れているかもしれない。知識の確認にはそれぞれの学年の教科書や参考書、問題集が役に立つ。

 三つめの方法は、だれかに聞くことだ。親でも良いし、兄姉や、知り合いでも良い。友達でも良いし、クラブの先輩、塾の先生でも学校の先生でも良い。ネット検索やネットの質問サイト、Chat GPTに聞いても良い。だれかに教えてもらうのは大変良い方法である。最初は解き方を教えてもらって、その後に自分で繰り返し問題を解いていくことで、成功体験を積み重ねることができる。

卒業研究で成功体験

 大学の卒業研究でも成功を体験する。例えば、大腸菌を培養してプラスミドを精製する。電気泳動で確認する。プラスミドがとれた、成功だ。

 今度はプラスミドを酵素で切断して、目的のDNAと結合する。結合したプラスミドを大腸菌にいれて培養する。そのプラスミドを精製して、目的のDNAが結合しているかどうかを確認する。この実験は少し難しいので、一度ではうまくいかない。何度か試して成功する。何度もの失敗の後で、成功体験を繰り返していくことになる。

 研究室のセミナーで、一、二ヶ月に一度、研究の進行状況を報告する。卒業研究を1年間行った成果は、学科の学生や教員が集まった報告会で発表する。発表の前には、研究の背景をまとめ、データを整理して、新しく分かったことを発表スライドにして発表練習をする。報告会では、発表後に参加者の質問に答える。発表後の満足感は他では得られない。

 学生の多くは、次第に実験や研究が楽しくなっていく。研究が楽しくてやめられなくなった人達が大学の先生達である。

仕事での成功体験

 大学の先生に限らない。どんな仕事でも、それが生きがいとなった人達がいる。大変な仕事であっても、成功体験を積み重ねることでその仕事が好きになっていく。何かの達人というのは間違い無くそういう人達である。

 さー、百ます計算から始めて、なにかの達人を目指そう。繰り返しなさい、繰り返す者は救われます。