名誉教授コラム

アクティブラーニングのすすめ:反転授業

山岸明彦
出典:東京化学同人 基礎講義シリーズ

反転授業とは

反転授業(リバースラーニング)では授業のやり方が普通の授業とは反対になる。何が反対かというと、普通の授業では教員が学生に講義をする。反転授業では、教員は学生に講義をしない。

え、教員が講義をしない。それでは教員のすることが無いではないか。その様に、学生にも、保護者にも、社会にも受け取られかねない。そのため、反転授業を実施する教員には、信念と度胸と努力が必要となる。

アクティブラーニング

反転授業はアクティブラーニング(能動学習)の一つである。アクティブラーニングとは、学生の主体的な学習を促すことを目的とした授業方法である。教員の講義を聞くだけの授業はアクティブラーニングではない。東京薬科大学では10年以上前から、様々なアクティブラーニングを取り入れている。

では、なぜアクティブラーニングが良いのか。「教員が授業で話したことを学生は理解するはずである」と教員は思っている。これが大変な錯覚であることが様々な研究から明らかとなっている。教員の講義を聞く受動的な授業では、学生は講義の一部しか理解できない。ある研究によれば、物理学で例えば「力」という概念を学習する時、それを講義で聞いた学生の10%しか理解できなかった。一方、アクティブラーニングで授業を受けた学生の90%が理解した(M. Prince. Journal of Engineering Education pp. 223-231 July 2004).

これは、講義を聞く学生の努力が足りないためではない。教師の話し方が悪いわけでも無い。この結果は、講義を聞く受動的授業の限界を示している。これが、アクティブラーニングが推奨される理由である。

アクティブラーニングには様々な形態があるが、このコラムではそこまでは踏み込まない。このコラムでは反転授業についてだけ書いておきたい。

反転授業では

反転授業では、予め学生が学習してくることが前提となる。例えば学生には、「教科書の何ページから何ページまでを読んで来るように」と指示する。あるいは、予め教員の講義をビデオ撮影しておいて、学生にはそれを見てくるようにと指示する。

このビデオ学習に関しては、問題点が指摘されている。ビデオを見る環境(ネットワークとコンピューター)が無い学生はどうするのだ。学生がビデオを見る時間がないのではないか。教員がビデオを準備するのが手間だ、等である。

これらの指摘のうちのいくつかには簡単に答えることができる。現代社会では、コンピューターを使う能力は必須である。大学生はコンピューターを使うことで、コンピューターを使いこなせるようになる。仮に学生がコンピューターを持っていなかったとしても、学生はスマートフォンでビデオを見ることもできる。スマートフォンの所持率はほぼ100%である。

時間に関しても反論できる。ビデオを15分ほどの長さにするので、電車の行き帰り、食事をしながらでも、視聴できるはずである。再生するときに1.5倍速にすれば、さらに短い時間で視聴できる。

私が担当した遺伝子工学の授業では、15分ほどのビデオを、大学のホームページからダウンロードできるようにした。ビデオの良いところはいくつかある。まず、授業に比べてはるかに短い時間で視聴できる。(授業では、聞き落しが無い様に繰り返すので、時間は長くなる)。実は学生が集中できる時間は15分程度だというデータもある。学生が解らない部分だけ何回でも聞き直すこともできる。授業の後にもビデオを聞き直す事ができる。

授業時間になにをするか

予習をしてきた学生に対して授業時間に何をするのか、様々なやり方がある。それぞれの方法の長所と短所があるので一概には言えない。ただ一つだけ、決してやってはいけないことがある。それは教員が授業時間中に講義を始めてしまうことである。一度、教員が講義を始めると、その後学生はけっして予習してこなくなる。これが反転授業の唯一の鉄則である。

さて、それでは授業時間に学生は何をすれば良いか。例えば、教科書を何度も読んだり、教科書にペンでハイライトしたり、教科書を自分でまとめたり、教科書の内容を絵にしたり、内容を自分で説明したり、と様々な学習方法がある。ところがある研究では、これらの学習方法はほとんど効果が無いか、余り顕著な効果が無い。一方、学生が問題を解くという学習方法で最も高い効果が得られる (J. Dunlosky, et al. Psychological Science in the Public Interest 14: 4–58, 2013)。

繰り返しの効果

私が担当した遺伝子工学の授業では、学生に問題を解いてもらった。その後、何人かの学生に自分の答えを紹介してもらう。学生が自分で答え合わせをして、答案は授業中に提出してもらう。私が答案を確認したあと、次の授業で答案を返却して、追加解説を行う。試験の前にも学生はビデオを見て、問題をまた解いてみる。学習すべき内容は教科書にも書いてあるので、必要に応じて教科書を読んでもよい。

もちろん、解らない点があれば、学生は授業時間に教員に質問する。学生が問題を解いている間、答え合わせの間、教員は教室内を巡回して学生が質問しやすい雰囲気を作ることは有効である。

さて逆転授業を実施して重要な点に気がついた。学生は授業前から期末試験までに、繰り返し学習内容に接するという点である。繰り返すことによって学習内容は定着して使える知識になる。そう、学生は繰り返す。「繰り返すものは救われる」のである。

通常の授業を受けた学生に比べて、逆転授業を受けた学生の期末試験平均点は6点上昇した。通常の授業を受けた学生と比較して、逆転授業を受けた学生の期末試験ピーク値(10点刻みで人数をグラフ化したとき最も人数の多い点数帯)は60点から80点へと20点上昇した。

遺伝子工学の教科書は遺伝子工学Iとして東京化学同人から出版された。教科書には、アクティブラーニングに使える様に問題とビデオが付けてある。東京薬科大学の教員が執筆した他の科目の教科書も、問題とビデオ付きで出版されている。

 

(7/12 本連載は12回連続となります。)