名誉教授コラム

生命の起源:RNAワールド

山岸 明彦
 

生命の起源に関して、いくつかの分野で研究が進んでいる。まだ、十分な証拠は得られていないが、今から41億年前頃、最初の生命は陸上で誕生した可能性が高い。最初の生命は脂質膜(図、青円)で囲まれた自己複製できるRNA分子(図、赤と茶色の線)だった可能性が高い。本稿では、生命の起源に関してどのようなことまでわかっているのかについて解説する。多少詳しい解説は参考図書にある。

地球科学でわかっていること

地球が誕生したのは今から46億年前である。最古の細胞化石として、今から35億年前頃の細胞の化石が複数見つかっている。これらの化石は無機物を使って有機物をつくることのできる化学合成細菌(あるいは光合成細菌)だった可能性が高い。化学合成(あるいは光合成)するためには数百以上の遺伝子が関与した複雑な仕組みが必要である。したがって35億年前頃には生命がかなり進化していたことがわかる(山岸, 2023)。

細胞の形は無いが、おそらく生物由来と考えられる炭素の粒が38億年前頃の岩石から見つかっている(掛川, 2017)。つまり化石の証拠に基づくと、今から38億年前頃までに生命が誕生していたことがわかる。

遺伝子からわかっていること

これまでに数十万種の生物の全遺伝子(ゲノム)の解読が行われた。ゲノム配列の解析から様々なことがわかってきた。
例えば、地球上にすんでいるすべての生物は、たった1種類の生物から誕生したことがわかっている。この生物は全生物の共通祖先(コモノートあるいはLUCA)と呼ばれている。全生物の共通祖先はいまから40億年前頃に地球上に生きていた(山岸, 2023)。

全生物の共通祖先は遺伝子を300程もっていて、無機物を使って有機物をつくることができる化学合成細菌だった可能性が高い(Weiss et al. 2016)。また全生物の共通祖先は、80℃以上に生育する超好熱菌だった(Akanuma et al. 2013)。
全生物の共通祖先が超好熱菌であるということが着目されて、海底にある熱水噴出孔が生命誕生の場所であると考えた研究者も多かった。しかし、熱水噴出孔周辺で化学エネルギーを利用して微生物が生育するためには、遺伝子を数百もつ必要がある。遺伝子を数百もつ様な複雑な生物がいきなり誕生したとは考えにくい。全生物の共通祖先は最初に誕生した生物とは全くの別物で、全生物の共通祖先は生命の起源から一億年程後の生物と考えた方がよい。

生命科学研究からわかっていること

生物は遺伝子を複製して、遺伝子に基づいてタンパク質をつくり、エネルギーを使って増殖する。遺伝子を複製するためには触媒機能をもつタンパク質が必要であり、タンパク質は遺伝子が無ければつくられない。遺伝子とタンパク質のどちらが先にできたのかという生命誕生の大きな謎があった。この謎は、RNAワールド(W. Gilbert、1986)という仮説によってとかれた。RNAというのは、DNAによく似た分子で、RNA はDNAと同じ様に遺伝子として機能することができる。1980年頃、T. チェックやS. アルトマンによってRNAが触媒機能を持ち得ることが明らかとなった。つまりRNAは、DNAの機能とタンパク質の機能の両方を担うことができる。そこで、RNA細胞の世界、RNAワールドが最初に誕生したと考えられる様になった。

その後、多くの研究が行われて、たとえばRNA分子はRNA分子を複製できることも実験的に確かめられた(総説は山岸2023)。さらに20塩基程度の長さのRNA分子は、配列によっては他のRNA触媒の関与なしに自己複製できることも報告された(Mizuuchi and Ichihashi 2023)。

RNAは水溶液中で合成されることもわかった。RNA分子による複製が進行するためには、最初に長いRNA分子ができる必要がある。RNA分子が長くなるためには脱水反応が必要で、水中では脱水反応は起きにくい。しかし、乾燥によってRNAが重合して長いRNA分子ができることが報告されている(総説は山岸2023)。長いRNA分子が出来る時に乾燥以外のエネルギーは必要ない。つまり、乾燥できる環境であれば長いRNA分子ができることがわかってきた。

もっとも、乾燥でできた長いRNA分子が反応を触媒するためには水も必要である。したがって、乾燥することの出来る陸上で水もある場所、つまり陸上の水たまりが最初の生命の誕生の場所であった可能性が高い。しかしそれが陸上のどこなのか、温泉、干潟、あるいはクレーターのような場所等、具体的な場所はわかっていない(山岸2023)。まとめると、詳細な場所や過程は分かっていないが、生命は膜につつまれた複製可能なRNA分子として(右上図)陸上の水たまりで誕生した可能性が高い。水と接していない環境や溶媒は海底では考えにくいので、海底で生命が誕生した可能性は低い。生命は陸上の水たまりで誕生した。誕生し進化した生命は、大雨であふれ出して世界の海に広まっていった。

RNA細胞以外の可能性

最初に誕生した生命がRNA細胞以外である可能性もあるが、可能性はあまり高くない。つまり遺伝情報を保持できるいくつもの核酸類似分子がDNAやRNA以外に報告されているが、これらが前生物的に合成される道筋はわかっていない。またペプチド鎖は非生物的に合成されるが、ペプチド鎖が遺伝情報として複製される仕組みはない。

無機的な触媒による代謝反応系を生命の起源と結びつける提案もある。無機触媒系を「生命」として理解するためには、無機触媒系が次ぎの世代に受け継がれなければならない。しかし、次ぎの世代に受け継がれるような無機触媒系は知られていない。無機触媒による有機物合成は知られているが、それは生命誕生前の過程と理解した方が良く、生命の誕生とは言えない。

つまり現在の知識で、遺伝情報を保持でき、複製され、複製触媒となり、エネルギー源(例えば乾燥)を利用可能な系は、RNA分子の複製系、RNAワールドしかない。RNA細胞は、水があり、かつ乾燥も可能な場所、陸上の水たまりで誕生した可能性が高い。

参考図書
山岸明彦 編集 (2013)アストロバイオロジー, 化学同人.
山岸明彦 (2023)日本惑星科学会誌, 32, 68-122.
生命起源の事典 (2024) 生命の起原および進化学会 (監修), 朝倉書店.

参考文献
掛川 武 (2017) 生物の科学 遺伝, 71, 133-138.
Akanuma, S. et al. (2013) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 110, 11067.
Gilbert, W. (1986) Nature, 319, 618.
Mizuuchi, R. and Ichihashi, N. (2023) Chem. Sci., 14, 7656.
Weiss, M. C. et al. (2016) Nature Microbiol. 1, Article number: 16116.

投稿日:2025年03月03日
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