名誉教授コラム「生命の起源:RNAワールド」では地球での生命の起源に関して解説した( https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/3915/)。今回のコラムでは、RNAワールドに誕生したRNA細胞が、どの様に現在の細胞に進化したのか、かなり専門的になるが解説する。
生命の誕生
今から41億年前頃に生命が誕生した。そこで誕生した生命は自己複製できるRNA鎖が脂質膜に囲まれたRNA細胞であった。RNA細胞の世界はRNAワールドと呼ばれている。RNA細胞の中では、RNA鎖を鋳型として相補的RNA鎖が複製され、その相補的RNA鎖を鋳型としてまたRNA鎖が合成された。こうしてRNA鎖が増幅し、RNA細胞が分裂して増殖していった。つまり、誕生した最初期の生命は自己複製するRNA鎖(このRNA鎖は触媒分子でもあり、遺伝子でもあり、ゲノムでもある)だけをもつRNA細胞だった。
全生物の共通祖先
一方、現存する生物の系統樹を遡っていくと、今から40(38-41)億年前頃に全生物の共通祖先がいたことが推定されている(山岸, 2023)。生命が誕生してからおそらく1億年後頃(正確な時期は分からない)に全生物の共通祖先がいたと考えてよい。
この全生物の共通祖先はLUCAあるいはコモノートと呼ばれている(山岸, 2023)。この全生物の共通祖先のゲノムはDNAで、遺伝子を300個以上もち、遺伝子を複製、転写、翻訳して、二酸化炭素を同化することができる生物であった。すなわち全生物の共通祖先は、現存する化学合成細菌と同じ様な生物であった(Weiss, et al. 2016)。
この様に複雑な生物がいきなり誕生することはありえない。最初に誕生したRNA細胞からどの様に全生物の共通祖先となったかが次の問題となる。
レトロスペクティブ進化
オパーリンは著書(1969)のなかで、レトロスペクティブ進化という概念を解説している。RNA鎖複製だけを行うRNA細胞から最初に起きた進化は、おそらくレトロスペクティブ進化であった。
レトロスペクティブ進化はRNAワールド仮説が登場する前の考えかたであるが、RNAワールドに当てはめて解説すると以下の様になる。最初に誕生したRNA細胞は、RNA単量体を取り込んで、RNA鎖の複製だけを行っていた。RNA単量体がRNA細胞の周りにある間はそれを利用するが、やがてRNA単量体は枯渇する。すると他の材料からRNA単量体を合成するリボザイム(RNAでできた触媒)をたまたま獲得したRNA細胞は増殖に有利となる。その材料をさらに他の材料から合成するリボザイムを獲得したRNA細胞は、さらに有利となる。という様に、代謝系が逆向きの順で獲得されるという機構がレトロスペクティブ進化である。
この様にRNA細胞は、様々なリボザイムからなるリボザイム代謝系をもつRNA細胞(図: 青)へとレトロスペクティブ進化していった。
翻訳系の誕生
やがてリボザイム代謝系から翻訳系が誕生したはずである。これまでにいくつかの翻訳系誕生モデルが提案されているが、ここでは遺伝子の解析結果から提案されているモデル(図: Furukawa et al. 2022) について解説する。
コドンの誕生
翻訳系が誕生するうえで、深刻な問題があった。それはコドンの誕生である。コドンはARS(アミノアシルtRNA合成酵素)という酵素によって実現している。ARSは20種のアミノ酸を見分けて、それぞれのアミノ酸を、それぞれのアミノ酸専用のtRNAと結合する酵素である。約20種のARSがあれば20種のアミノ酸とtRNAが結合してコドンが機能する。ところがここで大問題がある。それは、ARS自身が20種のアミノ酸でできているということである。約20種のARSがあれば20種のアミノ酸は20種のtRNAと結合でき、翻訳系が機能してARSが合成される。しかしARSが無いときに、最初のARSがどの様に合成されたのだろう。
この疑問を解決する為に、初期のARSの性質を系統樹に基づいて分析した。その結果、初期のARSはごく少数種のアミノ酸しかtRNAに結合できなかったと推定された(Furukawa et al. 2022)。すると、初期のARS自身も少数種のアミノ酸でできていたことになる。ところが、一般に酵素が機能するためには最低10種類程度のアミノ酸種が必要である(Shibue et al. 2018)。したがって初期のARSは十分な機能をもてなかったはずである。どの様に初期の翻訳系が動いたのだろう。
この矛盾を解決する仮説が、「タンパク質ARSが誕生する前に、リボザイムARSがアミノ酸をtRNAに結合する機能を担っていた」という仮説である(Furukawa et al. 2022)。この仮説が正しければ、リボザイムARSの誕生でコドンが誕生するので、最初のタンパク質ARSはリボザイムARS翻訳系によって合成されうる。
RNA細胞進化のモデル
Furukawa et al. (2022)はこの仮説を元に、RNA細胞進化モデルを提案した(図)。まず上述のレトロスペクティブ進化によって、リボザイム依存代謝系(図: 青)が誕生した。その後、ペプチド合成リボザイムが誕生した(これは、現在もリボソーム内に残っている)。ペプチド(短いアミノ酸鎖)は触媒機能を持たないが、ペプチドがリボザイムの機能を促進することは知られている。ペプチド(図: 赤)によってリボザイム依存代謝系の機能が促進した。やがて、アミノ酸とtRNAを結合するリボザイムARSが誕生した(仮説)。アミノ酸がリボザイムARSによってtRNAに結合すると、アミノ酸がtRNAを介してmRNAに固定される様になる。これがコドンの誕生である。mRNAによってアミノ酸配列が決まるのでアミノ酸配列のダーウィン進化が可能になり、機能をもつタンパク質(酵素)が誕生した。こうしてリボザイムARS依存翻訳系によって合成された酵素が代謝系を担うようになった(図: オレンジ)。次にタンパク質ARSが誕生して、リボザイムARSを順に置き換えていった。これがタンパク質ARS依存翻訳系、つまり現在の翻訳系の誕生である。現在と同じタンパク質ARS依存翻訳系によって合成された酵素により代謝系ができあがっていった(図: 黄色)。
この様に、RNAを複製するだけのRNA細胞から、リボザイム代謝系RNA細胞、ペプチド合成リボザイムの誕生。リボザイムARSと酵素代謝系の誕生をへて、タンパク質ARSが誕生し、タンパク質ARS依存酵素代謝系(現在の翻訳系)が誕生した(Furukawa et al. 2022)。
参考図書
Furukawa, R. et al. (2022) J. Mol. Evol. 90, 73-94.
オパーリン(1969)生命の起源:生命の生成と初期の発展, 石本真訳,岩波書店.
Shibue, R. et al. (2018) Scientific Reports 8, Article number: 1227.
Weiss, M. C. et al. (2016) Nature Microbiol. 1, Article number: 16116.
山岸明彦 (2023)日本惑星科学会誌32, 68 – 122.