「仮説検証」が科学の重要な要素であるという記載を散見する。仮説検証?マーそれもあるけど、少し違う様な気がする。本稿では、仮説検証を「あーでも無いこうでも無い」とあえて考えて見たい。
仮説検証?
もちろん、学術研究の過程で仮説検証が行われる。例えば、「研究費申請書の書き方」(名誉教授コラム) https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/2706/ で解説したように、研究費申請書を記載するうえで仮説検証というのは非常に重要な項目になる。しかし仮説検証が科学的な考え方なのかといわれると、少し違う様に思う。
科学的知識の体系 科学的知識は実験結果や観測結果によって裏付けられている。つまりどの様な科学的知識にもその裏付けとなる実験結果や観測結果がある。実験や観測が仮説検証のために行われる事は多い。これが仮説検証を科学的知識と関連づける理由と思われる。
しかし科学的知識には、もう一つ重要な特徴がある。それは、ある科学的知識が単独で存在しているという事は無く、科学的知識は相互に連関しているという特徴である。したがって、ある科学的知識は他の科学的知識によって裏付けられ、さらにそれを支える実験事実によっても裏付けられていることになる。この、科学的知識の相互連関こそが科学的知識の体系を形成していると言って良い(名誉教授コラム「自然科学の体系」 https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/3574/ )。
知識体系が基盤
何か分からないことがある場合には、科学的知識体系でどう説明できるかを研究者はまず考える。そして次に、本当にそうなのかを実験的に試すのが仮説検証である。したがって、仮説検証する前に、仮説と知識体系との整合性が先に検討される。
言い換えれば、これまでに得られた知識体系が仮説を考えるうえでの出発点になるわけである。まず頭の中で知識を総合して「こうなのでは無いか、あーなのでは無いか」と可能性を考える。同時に、「それはこうなのでは無いか」を調べる方法を考える。この最後の「それはこうなのでは無いか」を調べるのが仮説検証である。
仮説の二つのタイプ
仮説には二つのタイプがある。原理的仮説と現象的仮説の二つである。原理的仮説とは、「ひょっとして何々にはこういう性質や原理があるのではないか」という仮説である。そして「その原理によって様々な既知の現象を説明できるかどうか」が頭のなかで検討される。その原理はこれまでに知られていない原理なので、それによってこれまでの見方が変わってしまうかもしれない。それは実験や観測によって検証される。
現象的仮説の場合には、「ある現象が既知の原理によってどのように説明されるか」が頭の中で検討される。この場合にも、ある現象を説明するこれまで分かっていなかった機構が、仮説検証によって解明されることになる。何れの仮説の場合にも、科学的知識体系が仮説検証の土台にある事になる。
科学的仮説検証
そう、そうすると、「科学の本質が仮説検証にある」と単純化された時の違和感は、仮説検証の基礎となる「科学的知識体系との整合性」という部分が抜け落ちていることによっているのであろう。仮説検証は科学的知識体系の基礎の上にあって初めて「科学的仮説検証」となる。もし「仮説検証」が科学の特徴であるというのであれば、「科学的知識体系の基礎の上に」ということも付記する必要がある。
調査研究:しっかり調べよう こう考えると、これまで科学的に知られている事を調べ尽くすことが、仮説を立てる上で重要なことがわかる。これは調査研究とよばれる。したがって仮説検証と強調する時には、同時に調査研究の重要性を強調した方が良い。仮説検証はこれまでの科学的知識の上に立って初めて、科学的発見の手段となりうるからである。そうでなければ、仮説検証は良くてもこれまでに知られた知識の「再発見」にしかならない。科学的知識体系の基礎が無い場合には仮説は単なる思いつきであり「再発見」にすらならない。
つまり、なにかの可能性あるいは仮説を思いついたら、最初にすべきことは調べることである。「そうであるのか、そうでないのか」、教科書を調べ、参考書を調べ、ネットでしらべ、ChatGPTに聞いて調べよう。先生に聞いても良いし、専門家を探し出して聞くのが最も良い(名誉教授コラム「情報収集の方法」参照 https://cutting-edge-research.toyaku.ac.jp/series/2944/ )。専門家が「それは分かっていません」と言ったら、それは知られていない事柄である可能性が高い。これは仮説検証する価値がある。仮説検証する方法も専門家に相談すると良い。丁寧に対応してくれる専門家が良い専門家である。