名誉教授コラム

蛍の光、カエルの合唱 〜動物の同調行動から新たな技術へ〜

井上英史 
 

久しぶりにホタルを見ました。自生のゲンジボタルが、小川のほとりで優雅に明滅しながら飛び交っていました(写真)。近くではカエルの大合唱も響いていて、6月らしい風物詩です。

ゲンジボタルなど、ある種のホタルは、集団で同期して明滅することが知られています。アマガエルの合唱にも、規則性が認められます。こうした集団内のリズム的な調和や、魚の群泳や鳥の編隊飛行では、リーダーのいない集団に秩序ある動きが自然に生じます。これらの自己組織的な過程を数式によって再現する数理的研究の成果は、新たな技術の開発にも応用されています。

ホタルの求愛行動

ホタルの成虫は、発光によるシグナルを使ってオスとメスがコミュニケーションをとります。その光り方には種ごとの特徴があり、点滅の間隔やリズムの違いが、同種かどうか、異性かどうかを見分ける手がかりになります。

日本でよく知られているホタルには、ゲンジボタルとヘイケボタルがあります。ヘイケボタルはゲンジボタルよりも小型で、約0.5秒に1回の間隔で点滅します。この発光間隔はゲンジボタルより短く、さらにミリ秒単位の瞬きを伴うことが特徴です。ゲンジボタルにはこのような瞬きは見られません。

中部大学と慶應義塾大学の共同研究(参考1)によると、ヘイケボタルは、瞬きを伴う発光を用いて次のように求愛行動を行います。オスは、非常に速い瞬きを伴う点滅を繰り返しながら、未交尾のメスに近づきます。このとき、未交尾のメスの発光は1回あたりの持続時間が短く、瞬きは見られません。これに対して交尾済みのメスの発光はやや長く、オスと同様に瞬きを伴います。つまり、オスは「瞬きをせず、発光時間が短い」個体を交尾相手として見分けていると考えられます。このことは、黄緑色に光る小型LEDランプを用い、発光時間や瞬きの強弱を変えた人工の光を野外で提示する実験によって確認されました。

一方、ゲンジボタルのオスは、東日本では約4秒に1回、西日本では約2秒に1回の周期で、柔らかな光を放ちます(参考2,3)。発光リズムには地域差がありますが、いずれもヘイケボタルよりゆったりとしたテンポです。また、ヘイケボタルとは異なり、メスを探す際に集団で同期した明滅を行うことが知られています(参考4)。複数のオスが同時に発光することで、メスから発見されやすくなると考えられます。メスは飛翔せず、不定期に発光して雄を誘引します。オスは、メスと出会うと盛んに発光し、メスが応答するように発光すると交尾に至ります。

同期現象の数理モデル

ホタルの集団における同期明滅は、各個体が周囲の発光を感知し、自身の点滅タイミングを微調整することで生じます。このように個体間で互いにリズムを合わせていく同期現象は、さまざまな生物で見られます(参考5)。この現象を説明する数理モデルとして、1975年に蔵本由紀によって提案された蔵本モデルがあります。

蔵本モデルでは、各個体を「周期的に振動する振動子」としてとらえ、他個体と位相(リズムのタイミング)を調整し合うことで集団として同期していく過程を、数式で表します。簡単に言えば、個体が自分のリズムを周囲と比較し、少しずつタイミングを変えることで、全体の足並みがそろっていくという仕組みです。蔵本モデルは、神経細胞の同期や心臓の拍動のリズムの理解にも応用されています(参考5)。

カエルの大合唱

6月頃によく耳にするカエルの大合唱は、アマガエルやトノサマガエルなどによるものです。繁殖期に複数のオスが同時に鳴くことにより、メスの注意を引きやすくしていると考えられます。

ニホンアマガエルのオスは、短い時間で鳴く場合、鳴き声が重ならないように交互に鳴き交わします(参考6)。この過程も、ホタルの同期明滅と同様、蔵本モデルによって再現することができます。

一方、長時間にわたって鳴き続けるときは、大量のエネルギーを消費するため、発声と休止のタイミングを集団でそろえ、合唱の合間に一斉に休むことが明らかにされています(参考7)。この現象は、蔵本モデルとは別の、発声状態と休止状態を確率的に切り替える数理モデルによって定性的に再現されています。

魚の群泳、鳥の群舞

大きな水槽のある水族館では、マイワシなどが群れで泳ぐ様子が見られます。群れ全体がまるで一つの生き物のように一体化して動いています。このような群泳はさまざまな魚に見られ、水中の抵抗を減らして移動効率が高める利点があります(参考8)。また、天敵が現れたときには、一斉に方向を変えて回避します。

集団での秩序ある動きは、鳥の群れでも見られます。ムクドリなどが一斉に飛び立ち、空中で自在に形を変えながら飛び続ける様子は、見事な編隊飛行です。集団での飛行では、前を飛ぶ個体の生み出す上昇気流を後ろの個体が利用することで、飛行に必要なエネルギーを節約できます。空中で猛禽類が襲ってきた場合には、群れ全体で巧みに回避行動をとります。

では、魚や鳥の一体的な動きは、どのようにして生まれるのでしょうか。魚は、隣接する個体との距離や動きを視覚と側線によって感知します。側線とは、体の側面にある線状の感覚器で、水圧や流れ、電場の変化までも感じ取ることができます。魚は互いに衝突を避けながら、周囲の速度や方向に合わせて自らの動きを調整し、その結果として群れ全体が自己組織的に同期し、秩序だった群泳が形成されます。

鳥の編隊飛行も同様で、各個体が周囲の個体との位置関係を視覚的に認識し、方向や速度を調整します。このことにより、一羽が天敵に気づいて飛行方向を変えると、その情報が連鎖的に伝わり、群れ全体が一斉に方向を変えます。また、エサ場の位置を知っている個体が進路を変えると、群れ全体が追従して目的地へ向かいます。

このように空間を移動しながら全体で調和した動きを見せる集団行動を数理的に説明するモデルとして、1986年にクレイグ・レイノルズが提案したボイド・モデルがあります。このモデルでは、個体が次の3つの基本ルールに従って移動します。①他の個体とぶつからないように距離をとる、②周囲の個体の進行方向に合わせる、③群れの中心に向かって移動し、群れとしてのまとまりを保つ。各個体が局所的に判断・行動することにより、全体として秩序ある動きが自然に実現されます。

生物の同調行動から新たな技術へ

集団における同調行動には、繁殖の成功、天敵からの防御、移動の効率化などの利点があり、進化の過程でさまざまな動物において獲得されてきました。

生物集団が見せる秩序ある動きは、個々の構成要素が単純なルールに従うことで、全体として高度な調和を生み出す「自己組織化」の現象と捉えられます。自律的に秩序が生まれる過程を蔵本モデルやボイドモデルなどの数理モデルで再現する研究は、生物の行動を理解する手がかりとなるだけでなく、複数のロボットやシステムを協調して動かす群制御技術にも応用されています。災害現場で自律的に連携して動くドローン群や、倉庫内で協調的に作業を行う配送ロボットなどが、その具体例です。カエルの合唱をモデル化した研究は、通信システムの自律分散型制御への応用可能性を示しています(参考7)。

生命活動や集団行動のメカニズムに学ぶ発想は、工学や情報技術の分野で新たな可能性を切り拓いています。

参考

  1. Takatsu H. ら、Flickering flash signals and mate recognition in the Asian firefly, Aquatica lateralis. Sci Rep. 13, 2415, 2023. 中部大学、慶應大学、プレスリリース、2023年2月17日、ヘイケボタルは光の「またたき」で会話することを実験で解明─ 環境変化による減少を食い止める糸口として期待.
  2. Ohba, N. (1984) Synchronous flashing in the Japanese firefly, Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Scientific Report of Yokosuka City Museum, 32, 23–32.
  3. 大場信義ら、コンピューター解析法による日本産ホタルの発光パターン, 横須賀市博研報、43, 17-24, 1995.
  4. 大場信義、ホタル類の光コミュニケーションと夜間照明、環動昆、13, 67-76, 2002.
  5. 蔵本由紀、非線形科学 同期する世界、集英社新書、
  6. Aihara I. ら、Spatio-Temporal Dynamics in Collective Frog Choruses Examined by Mathematical Modeling and Field Observations. Sci Rep. 4, 3891, 2014. 理化学研究所、プレスリリース、カエルの合唱の法則を発見ー音声可視化装置と数理モデルを利用ー、2014年1月29日
  7. Aihara I. ら、Mathematical modelling and application of frog choruses as an autonomous distributed communication system. R Soc Open Sci. 6, 181117, 2019. 筑波大学、大阪大学、プレスリリース、2019年1月7日、カエルの合唱法則の研究と通信システムへの応用〜途中で休みながら輪唱を繰り返すカエルの行動に注目〜.
  8. Li L. ら. Vortex phase matching as a strategy for schooling in robots and in fish. Nat Commun. 11, 5408, 2020.
投稿日:2025年06月23日
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