名誉教授コラム

緑葉・黄葉・紅葉・落葉

井上英史

11月は、夏日が東京で3回ありました。福岡からは、平年より30日も早い初雪の知らせがありました。秋が短いようです。束の間の秋を感じようと歩いていたら、写真のように、緑葉と紅葉がペアになっている枝がありました。

東京の黄葉、京都の紅葉

東京で鮮やかな紅葉を探そうとすると、意外に少なく、くすんだ赤や褐色を多く見ます。京都などとは木の種類に違いがあるのでしょう。東京の秋は黄色い印象で、イチョウが多いです。

東京都は、「都の木」としてイチョウを1967年に指定しました。イチョウ、ケヤキ、ソメイヨシノの3択で住民投票を行ったところ、それぞれ49%、32%、19%の得票率でした。ちなみに東京都のシンボルマークは、イチョウの葉を思わせますが、頭文字のTをデザインしたものだそうです。

東京にイチョウが多い理由は、江戸時代に、防火対策として火除地にイチョウの木が植えられたことです。イチョウは、葉や幹の水分が他の木に比べて多いため、火に強い性質をもちます。

京都の秋は、鮮やかな紅や黄が緑と混ざり、錦織りなす風景です。紅葉が鮮やかになる条件としては、夜間の急激な冷え込みによる寒暖差や、直射日光が十分に当たることが重要です。京都は盆地のため寒暖差が大きく、秋が深まると朝は冷えます。このことは紅葉を鮮やかにする要因になっていることでしょう。

国語辞典と英和辞典における“老化”

四季の移ろいは、しばしば人生に例えられます。青春という言葉がありますが、春は芽吹き、開花の季節です。夏は、生命力にあふれ、働き盛りのイメージ。そして充実の秋。晩秋には“老”のイメージがあります。

実際、紅葉や落葉は“ある種の老化現象”と位置付けられます。一口に“老化”と言っても、いろいろです。

広辞苑では、老化は「①年をとるにつれて生理機能が衰えること。②時間の経過とともに変化し、特有の性質を失うこと」などと説明されています。

老化の英訳には、agingやsenescenceなどがありますが、少し違いがあります。英和辞典によれば、agingは、①年を取ること、加齢、②老化(現象)、劣化、③熟成、など。senescenceは、①老化(現象)、②老齢です。

老化(現象)ということで重なりますが、「年を取る、加齢」という意味がagingには含まれるのに対し、senescenceにはありません。

生物の老化、agingとsenescence

aging が意味する「加齢に伴う老化」をさらに説明すると、「生命の時間経過に伴う機能低下と死亡率の増加」です。

ヒトの老化を考えるとき、全身、組織、細胞など、さまざまなレベルでの老化があります。加齢とともに、皮膚などの新陳代謝が衰えたり、骨や内臓、免疫の機能が衰えたりします。それらによって全身的な衰えが進行し、死亡率が増加します。

生物学では、senescenceは、老化の一形態を指していうことがよくあります。加齢にともなって、さまざまな老化現象が生じます。この過程で器官や組織などに生じる退行性変化をsenescenceといい、何の変化かによって、organismal senescenceやcellular senescence、immunosenescenceなどがあります。

ヘイフリック限界

体細胞は通常、分裂できる回数に上限があり、ヘイフリック限界とよばれます。細胞がこの上限に達してそれ以上分裂することができなくなると、cellular senescenceの状態になります。細胞は機能が衰え、通常の役割を果たせなくなります。

細胞の分裂回数に限界がある理由として、分裂のたびにテロメアが短くなることがあります。テロメアとは、染色体の末端にある構造で、特徴的な繰り返し配列をもつDNAと、様々なタンパク質からなります。テロメアは染色体の末端を保護する役割をもちます。

細胞分裂の過程でDNAが複製されますが、直鎖状染色体DNAの末端部は、原理的に複製することができません。これは末端複製問題とよばれ、染色体の末端(テロメア)は複製の度に短縮していきます。テロメアが十分な長さをもたなくなると、細胞は分裂できなくなります。

テロメアを合成する酵素テロメラーゼがはたらいている細胞は、テロメアの短縮による細胞分裂の停止を受けません。ヒトでは、生殖細胞や幹細胞、がん細胞がテロメラーゼ活性をもちます。しかし、正常な体細胞はこの活性をもたず、がん細胞のように増殖を続けることはありません。

植物では、花粉などの生殖細胞や根端、茎頂部、花芽など、細胞分裂が盛んな組織にテロメラーゼ活性が見られます。生長した葉や茎では活性が低くなります。

紅葉と落葉のメカニズム

紅葉や落葉をする樹木は落葉広葉樹で、気候変動による冬季や乾季がある地域に分布します。冬季や乾季に葉を落とし、毎年すべての葉が入れ替わります。

落葉広葉樹の紅葉や落葉は、leaf senescence とよばれます。leaf senescenceは、樹木のagingとは分けて考える必要があります。

木が樹齢を重ねることはagingです。その過程で、さまざまな要因(水分不足、栄養不足、環境変化よるストレス、傷、病原体など)で何らかの機能低下・劣化が生じ、結果として枯れることがあります。

一方、leaf senescence としての紅葉や落葉は、季節の移ろいによる外的環境の変化に対応した生理的な現象です。それは、次のように進行します。

紅葉には、主にクロロフィル(葉緑素)とアントシアニン(赤や紫の色素)の変化が関係します。秋になって日照時間が短くなり、気温が下がると、植物は紅葉の準備を始めます。この過程には、植物ホルモンのオーキシンとアブシジン酸が関わっています。

オーキシンは、主に植物の成長を促します。秋、気温が低下して光合成活性やその他の生化学反応が遅くなると、葉の機能が衰え、オーキシンも合成されなくなります。そして葉緑体の分解が進み、クロロフィルが分解されることにより、葉が緑色から黄色や橙色に変化します。

一部の樹木は、秋にアントシアニンを増加させます。葉は、アントシアニンの種類に応じた色調を帯びるようになります。アントシアニンの産生には、日照が減って光合成が抑制されることや、アブシジン酸の影響が関与している可能性があります。

アブシジン酸は、休眠や生長抑制、気孔の閉鎖などを誘導します。気温が低下すると葉などに蓄積します。落葉には、アブシジン酸とエチレンが植物ホルモンとして関与しています。

寒冷刺激によってアブシジン酸が分泌されると、エチレンの合成が促進されます。エチレンは、果実では組織中の細胞壁の分解に関わる酵素の合成を誘導し、果実を成熟に導きます。また、落果を促します。葉で産生したエチレンは、ガスとして周囲に放散され、葉柄に作用して落葉を促します。

落葉の意義

日本の冬は、寒冷で乾燥した季節です。日照時間が短く、低温によって代謝機能が低下するので、葉の光合成機能が大きく低下します。また、葉には、根から吸い上げた水分を葉の気孔から蒸発させるはたらきがあります。したがって、日照が少なく、乾燥によって水分を十分に吸収することができない冬場は、葉を落とした方が合理的です。

企業が冬の時代をリストラで乗り切るのと似ていますが、葉は、木によって落とされるのではなく、エチレンを産生・放散して枝から離脱します。つまり、葉は季節の変化に応じてプログラムを実行し、落葉します。

落ちた葉は微生物によって分解され、栄養分として根から吸収されます。また、生態系の維持にも寄与します。そして、木々の新たな営みを支えます。

緑葉と紅葉

写真の緑葉と紅葉のペアですが、どうしてこうなったのでしょう? 陽の当たり方などの環境要因に何かの理由で差があって、紅葉するタイミングがずれたのでしょうか? 正解はわかりませんが、いくつか仮説は立ちそうです。

緑と赤と言えば、Christmas is just around the corner! ついこの前まで夏日だったのに…です。