名誉教授コラム

脳持久力:頭の中で試行錯誤を継続する能力

山岸明彦
 右図:細胞膜(薄青二重線)にはナトリウム・カリウムポンプ(青)があり、ナトリウムイオン(赤丸)とカリウムイオン(緑丸)の細胞膜内外での濃度勾配を維持している。その際ATPを分解してADPとPiができる。赤と緑の楕円はそれぞれナトリウムチャンネルとカリウムチャンネル。(細胞の分子生物学 第6版. ブルース・アルバーツ 他著 中村桂子/松原謙一 監訳 ニュートン 2017)

脳持久力

名誉教授コラムの「ダーウィン進化的思考:脳持久力」で脳持久力について解説した。脳持久力という言葉を、筆者は「頭の中で試行錯誤を継続する能力」という意味で使っている。

脳持久力については学問的な裏付けは乏しく、多分に著者の思いつきの域を超えていない。ネット検索すると、「脳体力」や「集中力を持続させる」という様なサイトや解説本が見つかるが、すこし違う様にも思う。人が様々な問題を解く時に脳持久力が重要であると、筆者は考えている。

数学の難問を解くとき脳持久力が必要

数学の難問を解くときには数十分の脳持久力が試される。数学の難問では、問題文を読んでもしばしば解法が見つからない。とりあえず、何かの解法で解こうとしても行き詰まる。他の解法を試しても、また行き詰まる。さらに他の方法を試す。つまり数学の問題では、解答にたどり着くまでに多くの試行錯誤が必要であり、脳持久力が必要である。試行錯誤をやめれば、問題は解けない。

難しい文章を読むときにも脳持久力が必要

日本語や英語の難しい文章を読むときにも頭の中で試行錯誤をおこなう。日本語や英語の難しい文章の意味を理解するためには、熟語や単語の様々な意味の組合せを試す。そのために、頭の中で試行錯誤を続ける必要がある。その過程で脳持久力が必要になる。脳持久力がないと文章の意味が分からないままで諦めることになる。

持久力とはなにか

そもそも持久力とはなにか。持久力の中でも全身持久力とは、酸素とエネルギー源(グルコース)を筋肉に送り続ける能力、その為に肺と心臓を動かし続ける能力のことらしい。

しかし筋肉を使い続けると筋肉がうごかなくなるが、その時、心臓が止まっているわけでもなければ血液循環がなくなっているわけでもない。それでも筋肉は疲労して動かなくなる。

それでは筋肉の疲労とはなにか。筋肉ではアクチンとミオシンという2種類のタンパク質が力を出す時にエネルギーを消費する。さらに、筋細胞膜・内膜系でカルシウムイオンやナトリウムイオンの動きがおきる。これらのイオンを元に戻すためにエネルギーを消費する。エネルギー消費の副産物として、水素イオン、Pi(リン酸イオン)、AMP(アデニル酸)やADP(アデノシン二リン酸)等が蓄積する。これら副産物の蓄積やエネルギー源の枯渇が筋肉疲労の原因と考えられている(Green, H. J. 1997, J. Sports Scie. 15, 247-256)。これ以外にも脳神経系から代謝に至るまで、多岐にわたる筋肉疲労の要素がある (M. Behrens et al. 2023, Sports Medicine, 53: 7–31)。

脳の疲労とはなにか

一方、難しい文章を読んだり、数学の問題を解こうとすると、脳が疲労してそれ以上考えられなくなる。何かをする時に「疲れた」といって続かないのも、筋肉疲労ではなく、脳の疲労なのかもしれない。しかし、脳に筋肉は無いので、筋肉が疲労するわけではない。

脳の神経活動でもカリウムイオンやナトリウムイオン、神経伝達物質の細胞膜内外での移動が起きる。これらのイオンや神経伝達物質を元に戻すためにエネルギーが使われる(右上図)。脳疲労の原因も、エネルギー消費副産物の蓄積やエネルギー源の枯渇かもしれないが、脳の仕組みは複雑で様々な可能性があり良く分かっていない (M. Behrens et al. 2023, Sports Medicine, 53: 7–31)。

脳持久力をどう高めるか

脳疲労の原因ははっきりしていないが、脳持久力を高める方法については名誉教授コラム「めざせ達人:成功体験のすすめ」に書いた。それは、何か好きなことを繰り返すという方法だ。好きなことを繰り返すことで、その事を考える脳持久力が高まるはずである。

もっとも、好きでない苦痛な事、例えば数学の難問や難しい文章はどうすればよいか。そういう時には、解ける程度の難易度の問題を解いたり、面白いと思える文章を読めば良い。成功体験を得て繰り返すことで、だんだんそれが好きになるはずである。繰り返しなさい、繰り返す者は救われます。