名誉教授コラム

野生動物の防寒対策

井上英史

冬、氷が張るほど冷えた池や川で過ごしている水鳥を見ると、気になります。お腹が冷えたり、しもやけになったりしないのでしょうか?

私たちの体は、脳の視床下部にある体温調節中枢が司令塔となり、熱を発生させたり、発汗や血管の拡張で放熱したりして体温を調節しています。しかし、水鳥やペンギンのように水中や氷上で冬を過ごすことはできません。

恒温動物の体形と防寒

恒温動物は、体温を一定に保つことが大切です。球は、直径が2倍になると体積は8倍ですが、表面積は4倍にしかなりません。同じように、動物は大きいものほど体重あたりの体表面積が小さいので、体温が逃げにくくなります。

恒温動物の体格と気候との関連に関して、ベルクマンが1847年に提唱した法則があります。「同種あるいは近縁の恒温動物は、寒冷な地域に生息するものほど体が大きい。」 クマの例がよく挙げられます。

熱帯に分布するマレーグマは140 cm程度ですが、九州などに分布するツキノワグマは130〜200 cm、北海道等に生息するヒグマは150〜300 cm、ホッキョクグマの体長は200〜300 cm。寒冷地に行くほど、大型になります。

アレンは、1877年に次の法則を提唱しました。「同種の恒温動物では、寒冷気候に適応したものは、温暖気候に適応したものより手足や体の付属器官が短い。」 例えばホッキョクグマは、他のクマと比べて耳が小さいのが特徴です。

また、カツマルツィクとレオナルドは、先住民のBMIと平均年間気温の間に負の相関があることを、1998年に発表しました。寒冷地域由来の人は身長の割に体重があり、温暖地域由来の人は身長の割に体重が小さいということです。[Am. J. Phys. Anthropol. 106, 483-503 (1998)]

どの法則も、寒冷気候に適応した動物や人は、温暖気候に適応したものよりも体重あたりの表面積が小さいことで一致します。

海生哺乳類の皮下脂肪

体形に加え、熱を逃さない備えとして、皮下脂肪があります。セイウチなど北極圏の沿岸地帯などに生息している海生生物は、極寒期の水中での防寒に脂肪が重要です。

海生哺乳類の多くは、皮下に分厚い脂肪を蓄えています。脂肪は断熱性が高いので、分厚い脂肪を身に付けることで体幹部の熱を外に逃がさないようにできます。

海生哺乳類は、分厚い脂肪を蓄えていても、海に入れば浮力を受けるので素早く動き回ることができます。しかし、陸生動物は、そうはいきません。脂肪をたくさん身に付けると体が重くなって運動に影響し、足や骨格に負荷がかかります。

ホッキョクグマの体毛

陸生動物にとって、空気を抱き込むことができる体毛は、体重を過度に増やさずに体温を逃がさないようにできる優れた防寒素材です。

ホッキョクグマは、白熊ともよばれるように、白あるいは薄く黄色がかって見えます。実は、彼らの毛は透明です。黒い皮膚に5 cmの下毛と15 cmの剛毛が生えていますが、年に2回、衣替え(換毛)をし、夏毛は冬毛よりも短くなります。

ホッキョクグマの毛衣の保温機能は、次のようなしくみです。

ホッキョクグマの体毛は、内部が空洞です。日光が剛毛に当たると、透明な剛毛の空洞の内部で反射、散乱します。その光は、隣の剛毛で反射、散乱を繰り返します。こうして光は下毛へ、そして黒い皮膚へ到達し、熱として吸収されます。

下毛は、体からの熱の放散を抑える役割もあります。毛の空洞部分に詰まっている空気が、防寒の役割をします。さらに、北極圏の冬は-50℃以下にも達しますが、水中は外気温より数十度も温かなので、水に浸かって毛の構造内の空気を温めれば保温性が増します。

トナカイなど、シカ科の動物も内部が空洞の毛をもちます。アンゴラウサギの毛も内部が空洞です。軽くて光沢が美しく、手触りがよいので、獣毛素材として人気があります。保温性がよく、吸湿性や発散性にも優れます。

鳥類の衣替え

鳥類にも衣替え(換羽)をして冬を乗り切るものがいます。ライチョウやシマエナガは、積雪の多い地域に生息していますが、冬は防寒にすぐれ、雪の中で見つけられにくい白い羽毛をまといます。

シマエナガは、北海道に固有の種です。可愛いと大人気の、真っ白な羽毛を膨らませた丸くてモフモフの姿は、冬限定です。夏は羽毛を減らして少しすっきりした姿になり、茶色がかっています。

水鳥の血管がつくるワンダーネット

真冬に水辺で過ごす鳥の寒さ対策の秘訣は、一つはシマエナガと同様に自前のダウンジャケットです。羽毛が空気をたっぷり抱え込んでいます。空気は熱伝導率が小さいので、体から熱が逃げにくくなっています。

また、水鳥の羽毛は油分があって、水を弾きます。そのため、水に浸っていても、冷たい水が直接、体に触れることはなく、断熱性のある空気の層で温かさを保つことができます。

もう一つの秘訣は、脚の血管にあります。水鳥やペンギンの脚の血管は、ワンダーネットとよばれる構造をつくっています。静脈が動脈のまわりに網目状に巻き付いた構造で、動脈血と静脈血の間で熱交換(対向流熱交換)が行われます。

冷水や氷に接している足先では、血液が冷えています。冷えた静脈血は、足先から胴へ戻る過程で、ワンダーネットで動脈血によって温められます。これによって、胴が冷えることを防いでいます。

羽毛とワンダーネットのおかげで、冷水に浸かっても、お腹は冷えないのですね。

一方の動脈血は、ワンダーネットで静脈血によって冷やされながら足先に向かいます。そのため、足先に到達するときには、外部との温度差が小さくなっています。このことによって、外部への熱の放散が小さく抑えられています。

哺乳類の対向流熱交換

血管系における対向流熱交換は、私たちの皮膚でも見られます。哺乳類の皮膚で、動脈と静脈が並行して走ることによって熱交換が行われることが、大阪大学の研究で明らかにされています。[Dev. Cell, 33, 247-259 (2015)]

アペリンは動脈から産生される生理活性ペプチドで、静脈に発現する受容体APJに作用して活性化します。すると、血管内皮細胞の運動能が亢進し、動脈近傍へ静脈が移動し、動脈と静脈が並行した構造がつくられます。

アペリンやAPJをノックアウトしたマウスでは、本来は並行すべき動脈および静脈の一部が大きく乱れて走行し、離れて形成されます。また、周囲の温度変化への対応力が低下しています。このことから,並行した動脈と静脈との間の熱交換が体温の制御に重要なことがわかります。

皮膚の血管における対向流熱交換は、体温よりも極端に寒い環境や暑い環境において、体温を一定に保つために役立っています。

しもやけ知らずのペンギン

私たちは、足先が冷えると、寒冷刺激によって毛細血管が収縮して血行が悪くなります。うっ血した状態が続くと“しもやけ”を発症します。組織が凍結すると、凍傷になります。

氷の上のペンギンの足先は、あらかじめワンダーネットの対向流熱交換で冷やされた血液が流れるので、毛細血管の収縮が起こりません。そのため、血流が滞らず、しもやけや凍傷になりません。

生物がもつ仕組みには、感心させられます。