がん・免疫

観賞用植物から
新しいがん治療薬を創る

天然物から新しいがん治療薬の候補物質を探索

晩秋から春先まで、日本では花の少ない寒い季節に美しい花を咲かせるクリスマスローズ。真っ白や深いピンク、紫の斑点模様など多彩な色、形で人々の目を楽しませる人気の花だ。実はこのクリスマスローズの一種であるヘレボルス・フェチダスやヘレボルス・リビダスには、強い抗腫瘍活性を持つ成分が含まれている。それを明らかにしたのが、三巻祥浩教授だ。

三巻教授は、これらの植物から強力な腫瘍細胞毒性を示す新しいブファジエノライド誘導体を十数種類も単離・同定することに成功した。「ブファジエノライド類は、細胞内のイオンを交換するポンプの働きを阻害することで心臓の収縮力を高める強心配糖体として知られており、腫瘍細胞毒性にも同じメカニズムが関与していると考えられていました」と三巻教授。ところが教授が単離したブファジエノライド誘導体は、イオン交換ポンプの阻害作用とはまったく別のメカニズムで白血病細胞のHL-60細胞と肺がん細胞のA549細胞を退治することが示されたという。

クリスマスローズ

このように三巻教授は、天然物から新規のがん治療薬の候補となり得る化合物を探索している。ユニークなのは、観賞用植物などの身近な植物を研究対象にしていることだ。「観賞用植物は栽培方法が確立されており、安定して入手できます。容易に有機合成できない複雑な構造の化合物が標的となった場合は、これが大きなメリットになります」と三巻教授は語る。天然化合物は、合成化合物にはない複雑な化学構造を持ち、多様な生物活性を示すものが少なくない。とりわけがん治療薬には天然由来の化合物やそれらの誘導体がシーズになっているものが多いという。そこに可能性を見出し、三巻教授はこれまで天然物から数千種類に及ぶ物質を分離し、生物活性を調べてきた。

従来とは異なるメカニズムの抗がん物質を観賞用植物から発見

三巻教授は主に観賞用として用いられているユリ科、リュウゼツラン科、キンポウゲ科の植物から腫瘍細胞毒性のある物質を探索し、多くのステロイド配糖体を単離・同定してきた。中でも強い腫瘍細胞毒性を見出したのが、リュウゼツラン科のアガベ・ユタエンシスというサボテンの一種だ。三巻教授は、この植物の全草からHL-60細胞を細胞死に誘導する5β-スピロスタノール配糖体(AU-1)を同定した。「一般的にステロイド配糖体による細胞死は、細胞膜が破壊されることで細胞が壊死するネクローシスとされてきました。ところがAU-1は、カスパーゼ3を活性化し、HL-60細胞にアポトーシスを誘導することを突き止めました」。つまり従来とは異なる新しい作用機序のステロイド配糖体系の腫瘍細胞毒性物質を発見したといえる。

また同じリュウゼツラン科の観賞用植物であるユッカ・グランカの根の部分からもHL-60細胞に毒性を示すYG-1とYG-16という化合物を単離した。「この二つはステロイド骨格の一部が異なるだけでほとんど同じ構造を持っており、HL-60細胞に対する毒性もほとんど同じレベルです。ただYG-1は6時間で細胞死を誘導するのに対し、YG-16は細胞死までに16時間かかることがわかりました」と三巻教授。こうした違いを生み出す作用機序の解明を進めている。

観賞用のユリ科植物から強力な抗がん作用を発見

オーニソガラム・サンデルシー

三巻教授がこれまで精力的に研究してきた植物群の1つが、生薬として用いられるものも多いユリ科植物である。世界に大きなインパクトを与えた研究成果が、観賞用のユリ科植物の球根から極めて強力な腫瘍細胞毒性を発見したことである。三巻教授が南アフリカ原産のユリ科植物オーニソガラム・サンデルシーの球根から見出したアシル化コレスタン配糖体OSW-1は、現在臨床現場で使われているビンクリスチンやパクリタキセルなどの主要な抗がん剤より10倍から100倍も強いがん細胞毒性を示したという。「しかも既存の抗がん剤では効かないがん細胞にも有効であることを確かめました。一方で、正常な細胞に対する毒性は弱く、抗がん剤候補として極めて有望であるといえます」と三巻教授。加えて動物実験においても、白血病マウスにわずか0.01mg/kgを1回投与しただけで、59%も有意に延命効果が認められたという。(財)がん研究会のヒトがん細胞パネルによるスクリーニングでは、データベース内のどの抗がん剤や抗腫瘍活性物質とも相関が認められず、新しい作用メカニズムを持つ抗腫瘍活性物質だと考えられた。この驚くべき成果に世界中の研究者が注目。現在も世界中でOSW-1の全合成や作用機序の解明が進められている。

一方、三巻教授は最近、オーニソガラム・サンデルシーから新たなコレスタン配合体OScr-1を単離・同定した。「OSW-1には及ばないものの、OScr-1も既存の抗がん剤のエトポシドと同程度の腫瘍細胞毒性を示しました」。さらに「既存の抗がん剤のHL-60細胞に対する作用を調べたところ、いずれもミトコンドリアを経由して細胞死を誘導することがわかりました。一方OSW-1、OScr-1はHL-60細胞に対して、ミトコンドリアを経由せずに細胞死を誘導している可能性があります」と三巻教授。ここでも既存の化学療法薬とは異なる作用メカニズムを持つ新しいがん治療薬の開発に期待が高まる。

分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など有望ながん治療薬が開発されているとはいえ、がんがいまだ治療の難しい疾患であることに変わりはない。三巻教授の見出した天然物由来の化合物が、今後、新しいがん治療薬開発の活路を開くかもしれない。

※ 東京薬科大学「CERT」による「植物」の研究記事はこちら。