有機化学

5-アミノレブリン酸の
新しい合成法を開発。

シアノバクテリアの補色順化をNMRで解析する

5-アミノレブリン酸(5-ALA)は、原核生物から人類まで多くの動植物に普遍的に存在する天然のアミノ酸の一種である。クロロフィルやヘムの原料となって、光合成やエネルギー生産に重要な役割を果たしており、その高い生物活性から医薬品や腫瘍蛍光検出の生合成原料、健康食品などに幅広く使用されている。

青山洋史准教授は、最近の研究で、5-ALAのこれまでにない合成法を開発するとともに、それが多様な合成に適用できる汎用性の高い手法であることを報告している。

「研究の発端は、光合成細菌のシアノバクテリアが持つユニークな光感知機能に目をつけたことでした」。青山准教授によると、ある種のシアノバクテリアは、光合成を行う際に周囲の光の波長によって、吸収する光の色素を変える「補色順化」という現象を示すことが知られている。「私たちが注目したシアノバクテリアの補色順化は、5-ALAから合成されるシアノバクテリオクロム(RcaE)という光受容体のプロトン化状態と、その周辺に存在するタンパク質との相互作用によって起こることがわかっています。RcaEが有する開環テトラピロールのビリン発色団が光を吸収すると可逆的に光変換を起こす仕組みで、緑色の光を当てると緑色光を吸収して赤色になり、赤色光を当てると緑色を呈します」。青山准教授は、同教室の三島教授らがこれまでに取り組んできたRcaEのX線結晶構造解析や核磁気共鳴(NMR)解析などの解析手法に、有機化学による強力で効果的な援護射撃をするべく参画した。「今回の研究目的は、RcaEのビリン発光団であるフィコシアノビリン(PCB)のプロトン化状態をNMR解析で明らかにすることでした。そのために炭素(C)及び窒素(N)を安定同位体で標識した5-ALAを原料にして標識化RcaEを合成し、これを使って分子挙動を観測しようと考えました」

5-ALAから生合成される腫瘍蛍光検出物質PpIXが発する赤色蛍光

90%の高収率で同位体標識化5-ALAを合成

まずは安定同位体で標識した5-ALAを得る必要がある。先行研究で報告されているいくつかの5-ALA合成法を検討する中で、青山准教授が注目したのが、飯田・梶原らが報告した13Cと15Nで標識した5-ALAを大量に効率的に合成する方法だった。すなわち、同位体標識されたグリシンのカルボキシ基を酸クロリドに変換し、これと銅亜鉛カップルで調整した有機亜鉛試薬とをパラジウム触媒存在下でカップリングさせる手法である。「しかし追試してみたら、収率も再現性も十分に得ることができませんでした。加えて、反応途中で原料の回収が困難になることも問題でした」。出発質に用いる市販の同位体標識化グリシンは非常に高額のため、合成過程でのロスを極力抑える必要がある。そこで青山准教授は、市販の同位体標識化グリシンを用いつつ、原料回収が容易で再現性が高く、高効率に同位体標識化5-ALAを合成する新しい方法の開発を試みた。

「まずグリシンのカルボキシ基を官能基化し、極性を下げつつケトンへの変換を可能にする方法を模索しました。そこで目をつけたのがチオエステルです。チオエステルは極性が低く精製や回収が容易です。また、パラジウム触媒存在下で有機亜鉛試薬を用いる福山カップリング反応を行えば、穏やかな条件で反応してケトンが得られます。実際にグリシン誘導体のトリルチオエステルを用いて福山カップリング反応を行うと、収率は低いものの、うまく反応が進むことが確認できた。

次いで、反応性を高めるために配位子を検討した。数々のリガンドを調べた中で、シクロヘキシル基を持つトリシクロヘキシルホスフィン(PCy3)が有効であることを発見し、さらに興味深いことにPCy3をテトラフルオロホウ酸塩(HBF4)にすることで反応性が飛躍的に向上することを見つけ出した。

さらに青山准教授は「化学者の勘」で、もう一歩反応性を高めるべく付加物質として塩化亜鉛(ZnCl2)を添加してみたという。予想は的中。反応性が劇的に向上し、30℃という常温で収率は90%に達した。「開発した方法で、実際に同位体標識化5-ALAを合成したところ、最適化された条件では1gの標識化グリシンから、1g以上の15N標識化5-ALAを問題なく合成できることを確認しました。さらに13Cでも標識化した5-ALAから標識化RcaEを生合成し、NMR解析も進めています」

特殊な装置を使わず誰でも再現できる合成法を実現

青山准教授は、今回の反応条件が他の基質にも適用できるかも調べた。「その結果、種々のγ-ケトエステルの合成にも適用できることがわかりました。例えばカルボン酸を有するロキソプロフェンやデオキシコール酸のチオエステルでも反応が進行し、適度な収率で化合物を得られました。つまり私たちの開発した反応は、汎用性の高い一般的手法であるといえます」

またホスフィン配位子のHBF4の触媒反応への関与についても検討。1H NMR解析を行った結果、-19.4 ppmと超高磁場領域にヒドリド種が示す特徴的なピークが示され、これが活性種として寄与していることを確認した。最終的に反応のメカニズムの解析まで達成している。

「優れた生物活性を持った、まだ世にない新しい分子を作り出すことが、有機化学者としての使命です。有用な化合物の合成に留まらず、それを世の中に役立てるためには、作りやすさも重要です」と考える青山准教授。最先端の実験装置は大きな成果が得られる反面、それを使える環境の人だけが恩恵を受けられる。「できるだけ特殊な装置や器具を必要とせず、誰にでも再現できる手法で分子を開発する」ことを理想に掲げ、研究に取り組んでいる。今回の5-ALAの合成法の開発は、まさにこの理想を体現する成果であった。