ニューモダリティ・医療

水和イオン液体が
広げる可能性。

膜タンパク質の安定溶解から
凝集体のリフォールディングまで。

水、有機溶媒に次ぐ第3の液体
イオン液体に着目

水、有機溶媒に次ぐ「第3の液体」といわれる液体が、注目されている。その名も「イオン液体」は、陽イオン(カチオン)と陰イオン(アニオン)のみからできており、100℃以下という極めて低い融点を持つ液体の有機「塩」である。「難揮発性で難燃性、熱的安定性、高電導性といった他の溶媒にはない特徴を持っています。それに加えてイオンの種類や構造をデザインすることで、疎水性や極性といった多様な特性をチューニングできることから、工業分野をはじめ広い分野で応用が進んでいます」と、藤田恭子講師は説明する。

バイオサイエンス分野への展開に対する期待も高い。中でも増えているのが、イオン液体をバイオ系反応場や生体分子の溶解、分離、保存に用いる試みだ。「しかし一般的なイオン液体に生体分子は溶解せず、溶解したとしても、分子の高次構造が変性してしまうなど、まだまだ課題があります」と言う。

そこでイオン液体中に生体分子を溶かす画期的な方法として藤田講師が注目するのが、イオン液体にわずかに水を添加した「水和イオン液体」だ。「水和イオン液体中に存在する水は、イオンと相互作用した結合水(束縛水)で、通常の自由水とは全く性質が異なります。これなら、イオン液体の特徴を保持したまま生体分子を溶解するユニークな溶媒になり得るのではないかと考えています」

水和イオン液体を用いタンパク質の溶解に成功

藤田講師はこれまでの研究で、イオン構造や含水率を適切に制御し、水和イオン液体に高次構造を保持したままタンパク質を溶解することに成功している。

「カチオンやアニオンの組み合わせや含水率の異なるさまざまな水和イオン液体を作り、それらの中から水溶性の電子伝達タンパク質のチトクロムc(cyt c)をはじめ、各種脱水素酵素や糖鎖認識タンパク質を直接溶解する水和イオン液体を見出しました」。次に、水和イオン液体に溶解した生体分子が高次構造を保持しているかについても検証を試みた。モデルタンパク質としてcyt cを用いて調べたところ、溶解性は同じでも、水和イオン液体のイオンの構成によって溶解後のcyt cの構造が異なることが明らかになった。「構成イオンと含水率を最適化した水和イオン液体に溶解した場合は、溶解後も二次構造や構造含量、活性中心の配位状態が変化していないことを確認できました」

また水和イオン溶液に溶解すると、溶解したタンパク質の熱安定性や長期安定性が向上することも突き止めた。「リンパ球検査に用いられる糖鎖認識タンパク質のコンカナバリンA(Con A)は、緩衝液に70℃、10分間インキュベートすると、糖鎖認識能はほぼなくなります。一方水和イオン液体中では、インキュベート前と遜色ない認識能を保持していました。さらに4℃で6ヵ月間保存すると、緩衝液中では認識能は完全に消失するのに対し、水和イオン液体中では、6ヵ月後も高い認識能を保持していることを確かめました。」

さらに藤田講師は、四重鎖構造を形成する核酸や膜タンパク質も高次構造を保持した状態で水和イオン液体に溶解可能であることを報告している。「膜タンパク質は、創薬研究ターゲットとしても重要視されていますが、取り扱いの難しさと安定性の低さから、あまり研究が進んでいません。私たちの研究で、アニオントランスポーターとして働く10回膜貫通膜タンパク質のTehAや、プロトンポンプとして働く7回膜貫通型バクテリオロドプシン(bR)が、二次構造や構造含量を保持したまま水和イオン液体に溶解することを確認しました」。

加えて、水和イオン液体中に溶解した膜タンパク質は、緩衝液中に比べ、構造変性する温度が20℃以上も向上したという。さらには水和イオン液体中でも、水溶液中と同じようにbRが機能することも共同研究により確認している。「今後は膜タンパク質を用いた創薬研究や、センサー構築、機能化材料開発などへの展開を考えています」

水和イオン液体で凝集タンパクをリフォールディング

藤田講師は、水和イオン液体でタンパク質を溶解することに留まらず、リフォールディングも行える可能性を見出している。

一般に凝集体のリフォールディングは、変性剤を使って凝集した鎖を解きほぐした後、変性剤をゆっくり除去しながら巻き戻すという手順で行われる。しかし実際には、簡単には巻き戻せないという。一方藤田講師は、カチオン・アニオンの構成によって疎水性や含水率を適切に調整することで、タンパク質凝集体を直接溶解し、リフォールディングできることを見出した。

「高温インキュベーションで凝集したCon Aを回収し、調整した水和イオン液体中に混合すると高濃度に溶解し、溶解後にリフォールディング挙動を示す蛍光スペクトルが確認されました。さらに糖鎖認識能が再生していることも確かめられ、タンパク質の機能を取り戻したことがわかりました」

加えて、大腸菌を用いて発現させたセルラーゼ凝集体でも、水和イオン液体に溶解・リフォールディングすることでセルラーゼ活性が再生することを確認している。「一般に目的タンパク質を大量生産する方法として、大腸菌などを宿主にするやり方が用いられていますが、高い割合で活性のない凝集体(封入体)が形成されてしまうことが課題になっています。もし凝集体を直接溶解し、リフォールディングして活性を戻すことが簡単にできれば、医薬工など幅広い分野に大きく役立つはずです」。藤田講師の研究が、水和イオン液の活用可能性を広げている。