ニューモダリティ・医療

膜タンパク質を減らし、
がん細胞の増殖を抑える。

膜タンパク質を減少させる新規アプローチで研究

細胞膜表面には、さまざまなタンパク質(膜タンパク質)が存在し、細胞内に物質を運搬したり、細胞外からのシグナルを伝達したり、細胞同士の結合に関わるなど、生命活動に重要な役割を果たしている。それゆえ病気の発現にも関わることから、膜タンパク質は重要な創薬ターゲットとされている。

「これまで低分子化合物から抗体医薬、核酸医薬、ペプチドなどを用いた中分子医薬、最近では遺伝子治療薬まで、細胞表面で悪さをする膜タンパク質を制御するいくつもの方法が開発され、臨床応用されています。しかしこれらは、タンパク質の悪い働きを抑えたり、そもそも遺伝子レベルで発現しないようにするものです。それに対して我々は、『悪さをする膜タンパク質を化合物で直接減少させる』という新しいアプローチで研究しています」と、濵田圭佑助教は言う。最近の研究で、がん細胞の憎悪に関与する膜タンパク質を効果的に分解する化合物の開発に成功し、大きなインパクトを与えた。

HER2膜タンパク質の分解を狙い、新規LYTAC分子の合成に成功

濵田助教が着目したのが、Lysosome-tar-geting chimera(LYTAC)という化合物だ。LYTACは、二つの分子を架橋構造で結合させた複合体である。

「細胞表面には、IGF2Rという膜タンパク質があり、細胞外のIGF2と呼ばれるタンパク質を細胞の中に取り込み(エンドサイトーシス)、細胞内小器官リソソームへ誘導する働きをしています。リソソームは細胞内で不要な物や、細胞外から入って来た分子を分解する機能を持っています。そこで、LYTACの架橋構造を用いてIGF2Rと分解したい膜タンパク質を連結させたら、エンドサイトーシスによって標的の膜タンパク質をリソソームへと輸送し、分解に導くことができるのではないかと考えました」と戦略を説明する。

標的とする膜タンパク質に選んだのが、Human Epidermal Growth Factor Receptor 2(HER2)だ。HER2は、がん細胞の憎悪に関与することが知られており、乳がんの約25%に高発現する他、胃がんや卵巣がんなどでも過剰発現することが報告されている。「これまでHER2の働きを阻害する分子標的薬の開発が盛んに行われており、トラスツズマブ(ハーセプチン®️)など、乳がん治療に用いられている抗体医薬も上市されています」。濵田助教は、既存医薬とは全く異なる新規メカニズムでHER2を阻害する抗がん剤の創製を目指し、IGF2Rと標的の膜タンパク質HER2をつなげる新しいLYTAC分子の開発を試みた。

まずIGF2RとHER2に特異的に結合するDNAアプタマーをリガンドとして用いる方法を考案。IGF2R結合性DNAアプタマー(IGF2Rap)とHER2結合性DNAアプタマー(HER2ap)を架橋でつなぎあわせたHER2標的LYTAC分子(HER2-LYTAC)を設計、合成に成功した。

HER2-LYTACによるHER2の分解

HER2-LYTACのがん細胞増殖抑制効果を実証

続いて濵田助教らは、合成したHER2-LYTACが本当にHER2を分解するか、検証を行った。HER2を高発現したヒト乳がん細胞株にHER2-LYTACを処理し、ウェスタンブロットで解析したところ、未処理の細胞株と比べて、HER2膜タンパク質が約40%にまで減少することが明らかになった。HER2-LYTACの濃度を高めるほど、また暴露の時間を長くするほど、HER2の分解が進むことも確認された。一方で、HER2ap、及びIGF2Rap単体では分解は誘導されなかった。これはすなわちHER2-LYTACが、HER2膜タンパク質を選択的に分解することを示している。

次いで濵田助教は、乳がん細胞を免疫染色し、HER2-LYTACを投与して実際の挙動を観察した。「その結果、24時間で細胞膜表面のHER2膜タンパク質が明らかに減少することが見て取れました」と言う。

さらに実験を進め、HER2-LYTACが、がん細胞の増殖抑制に効果を発揮するかも検証している。「HER2-LYTACが、細胞内のHER2のシグナルの一つで、細胞の分化・増殖を誘導することが知られているERK及びAKTの活性化を顕著に抑制することが確認できました」。つまりHER2-LYTACによって、HER2から細胞内へと伝達されるシグナルが阻害され、がん細胞の増殖が抑えられることが示唆された。

がん細胞の増殖抑制効果をより確かに証明するため、HER2陽性がん細胞を用いて活性評価を行った。「HER2が高発現した乳がん細胞(SKBR3)にHER2-LYTACを混ぜると、SKBR3が約40%も減少し、がん細胞の増殖が顕著に抑えられることが見て取れました。HER2が発現していない細胞では、HER2-LYTACを投与してもがん細胞は減少しなかったことから、ここでもHER2-LYTACがHER2を発現している細胞のみに選択的に作用することが示されました」。この結果から、HER2-LYTACは、乳がん細胞表面に存在するHER2を、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込んで分解へと導き、がん細胞の増殖を抑える効果があることが明確になった。

先に述べたように、HER2は乳がん以外にも胃がんや卵巣がんなど、多くのがんに高発現している。濵田助教の研究成果は、HER2-LYTACが、HER2を発現しているさまざまながんの新規治療候補化合物になり得ることを示唆している。今後は、マウスを用いたin vivoでも効果検証を行い、創薬に近づけていく。

それに加えて現在は、HER2以外にも標的を広げ、がんをはじめ、様々な病気の発現に関与する膜タンパク質を制御する化合物を開発するべく研究を続けている。次代の創薬モダリティの創出に大きな期待がかかる。

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