名誉教授コラム

ダーウィン進化的思考:脳持久力

山岸明彦

「論理的に考えなさい」

おそらく、今この文章を読んでいる誰もが、一度は言われた経験をもっていると思う。あるいは、今この文章を読んでいる人のうちで、かなりの人が「論理的に考えなさい」と言った経験をもっていると思う。しかし何か問題を解くとき、「論理的に考えて答えを探すわけではない」という事を、このエッセイでは納得してもらおうと思っている。

「論理的な思考」はある

だがここで、すこし誤解を解いておこう。われわれは論理的に考えて答えを探すわけではないのだが「論理的な思考」はある。え!?「何を言っている」、「いよいよ意味不明だ」と思うかも知れない。例えば三段論法という方法はおそらく聞いたことがあると思う。三段論法でいろいろ考えて見よう。

【紙は白い、白い物は光を反射する。したがって紙は光を反射する。】

うーん、素晴らしい、三段論法だ。それでは次に、

【白い物は光を反射する、光を反射する物は鏡である。したがって白い物は鏡である。】

うーん、変だ、どこかおかしい。白い物が鏡であるわけがない。と考えるのはもちろん、論理的思考といってもよい。論理的に筋が通るかどうかは考えることができるし、考えるべきである。「論理的な思考がある」ことは私も疑っていない。

三段論法のどこがヘンか:「論理的に考えてはいない」

さてそれでは、2番目の三段論法のどこが変なのだろう。「光を反射する物は鏡である」というところがおかしいのか。鏡は光を反射するが、光を反射する物すべてが鏡とは限らない。うむ。これがきっと間違いの原因だ。

鏡ではなく、「光りを反射する物の表面がなめらかである」ではどうか。

【白い物は光りを反射する、光を反射する物の表面はなめらかである。したがって白い物は表面がなめらかである。】

やはり、おかしい。白い物の表面がいつもなめらかとはかぎらない。それでは何が問題か、一段目では「反射する」と言っているのに、二段目で「反射する物」と行動が物に置き換わっているのがいけないのでは無いか。

それでは、「反射するのは光の吸収が少ないからである」ではどうか?

【白い物は光りを反射する、光りを反射するのは吸収が少ないからである。したがって白い物は吸収が少ない。】

よかった、おかしくない。

「論理的に考えてはいない」、「いろいろ考えてみる」

気がついただろうか。「2番目の三段論法のどこが変なのだろう」と、いろいろ考えてみたのであって、この段階では「論理的に考えてはいない」。そう、もちろん「いろいろ考えてみた」後で、考えが論理的かどうかは確認している。しかし、いろいろな可能性を考えている段階で考えているアイデアは単なる思いつきである。

しかし重要なのはこの思いつきで、「いろいろ考えてみる」ことなのである。これを試行錯誤とよぶ。「こうではないか」と思いつくが、しばしばその思いつきは正しくない。しかたがない、また別の「こうではないか」を試す。また正しくない。「こうではないか」を「ウム、これだ」と思いつくまで試すことになる。これが試行錯誤である。

試行錯誤:ダーウィン進化的思考

この試行錯誤こそ、ダーウィンが発見した生物進化の法則である。生物は沢山の子孫を生むが、子孫には変異がある。この段階で、生物はなにか特定の変異を行うわけではない。生物は、あくまででたらめに沢山の変異個体を生む。そのなかで、時々変化する生存環境の中で、少しでも生存に適した個体があると、その個体にはより高い生存の可能性がでてくる。生物は試行錯誤しているのであって、何か特定の方向に変異を起こしているわけでは無い。

何か難しい問題を解く場合に、我々は無意識のうちにこの方法、試行錯誤を行っている。「ひょっとするとこうなのではないか。違うか。それでは、こうかもしれない。やはりだめだな。それでは、きっとこうだ」と、無意識のうちに試行錯誤を繰り返している。この試行錯誤こそが正しい答えに到達する唯一の方法である。

脳持久力が必要

ただし「ウン、そうだ」という答えに到達するには、1回ではまず無理である。2回でも3回でも答えに到達できるかどうかはわからない。正解に到達するまでには、何回も繰り返し、こうではないかと試す必要がある。答えに到達するまで試し続ける持久力があって初めて答えに到達することができる。

結局のところ、ともかく試すのだから、答えに到達できるかどうかは答えに到達するまで諦めないかどうかにかかっている。何回も試すために、体力は使わない。しかし、脳持久力が必要である。どれだけの回数、どれだけの時間、試し続けることができるか。これは脳の持久力といって良い。

それでは繰り返していれば必ず答えに到達できるか。いや、その保証は無い。ただ、一つだけ保証できることがある。答えに到達する前に試行錯誤をやめれば、保証付きで答えは得られない。当然だ。脳持久力の有無が問題を解決できるかどうかを決める。

 

(5/12 本連載は12回連続となります。)