「科学史」を中学 / 高校で習った方はご存知だと思いますが、「顕微鏡 / microscope」は1590年頃にオランダの眼鏡製造者であるヤンセン親子が発明したとされています(別説もあり)。
1665年に発刊された、イギリスの博物学者であったロバート・フックが著した『顕微鏡図譜 / Micrographia』には、薄切りにしたコルクを顕微鏡観察したスケッチが掲載されており、この観察から『細胞 (cell)』という概念が提唱されたというのは余りにも有名な話です(ちなみに『顕微鏡図譜』の初版本は、東京薬科大学も所蔵しており、本学図書館・情報センターで折りにふれ実物が公開されています)。
オランダの比較解剖学者であったヤン・スワンメルダム(Jan Swammerdam: 1637-1680)は、1658年に世界で初めて「赤血球」の顕微鏡観察および記述をしたことで有名です。
彼は43年という短い生涯に3冊の本を著していますが、その内の1冊が、フックの『顕微鏡図譜』から4年後の1669年に出版された『昆虫学総論』(もしくは『一般昆虫学史』 / 原題は"Historia insectorum generalis")です。
この本に収録された数々の「昆虫図譜」は精緻を極め、現代の我々の眼から見ても感嘆すべきものですが、その中には「現存する中で最も古い」と考えられているミジンコの顕微鏡によるスケッチも含まれています。
2匹の親ミジンコの間に子供のミジンコが描かれているのが何とも可愛らしいですが、その形態の特徴からこれらがDaphnia属 のミジンコであることは明らかです。
また本文中には「体が透明で腸、足、尾、卵が外から見える」ことや「大きく枝分かれした肩と腕の中に眼と吻が見える」ことなどが既に述べられています。
つまり今から340年以上も前からミジンコが研究者の目を引いていた事が分かる、非常に貴重な資料であると言えます。
もっとも現在ではミジンコはエビやカニと同じ甲殻類生物であることが分かっていますので、厳密にはスワンメルダムが考えていたように『昆虫の1種』ではないのですが(「分類学の父」カール・フォン・リンネの『自然の体系 / Systema Naturae』が出版されたのは1735年のこと)。
ちなみに1669年は、日本の暦で言えば寛文9年。江戸幕府4代将軍・徳川家綱の治世で、紀州の豪商・紀伊国屋文左衛門が生まれた年でした。
またエレキテルで有名な平賀源内(1728-1780)は、家財をなげ打ってオランダ博物学関係の洋書を集めていたそうですが、彼が『紅毛虫譜』と呼んでいた1冊は、実はスワンメルダムの『昆虫学総論』だったそうです。
「異才の人」平賀源内がどのような気持ちで、このミジンコのイラストを眺めていたのか、本当に興味深いですね。