名誉教授コラム

繰り返しなさい、繰り返す者は救われます

山岸明彦
出典:小学館 陰山英男の徹底反復 百ます計算

ちまたにあふれる「わかれば良い」

小学校、中学校、高校、ひょっとすると大学の学生にも「わかれば良い」という考えがしみ着いているかもしれない。「わかれば良い」という考えは間違いである。なぜ間違いなのか。それは、わかれば良いという考えでは知識や技術が定着しないからである。定着していない知識や技術は使い物にならない。

百ます計算

繰り返しの威力が明確にわかるのが、小学生が行う百ます計算である。百ます計算では、縦10行、横10列の100ますを作る。この縦10行に1から10の数字をでたらめに入れる。同じ様に、横10列に1から10の数字をでたらめにいれる。縦の数字と横の数字を足し合わせた答えを100ますに書いていく。この作業で、一桁の数字と一桁の数字のすべての組み合わせの足し算ができる。これを毎日繰り返すが、ポイントは「問題を解きながらタイムを計ること」だそうである。「より早く、より正確に解いていくことで子どもの計算力とやる気・自信をひき出す」狙いがあるそうだ。これによって、計算を何度となく繰り返し練習することができる。

https://books.rakuten.co.jp/rb/1513969/

ダーウィン進化的思考

さて、100ます計算などというと簡単に反論されそうである。計算ができて何になる。複雑な問題は計算だけでは決して解けない。その通り、100ます計算だけで複雑な問題が解けるようになるわけが無い。

さて、それでは複雑な問題を解くためには何が必要なのだろう。もちろん、試行錯誤が必要である。複雑な問題を解こうとするとき、一度では解けない。こうなのではないかと考えてやってみるが、間違っていれば考え直す。それではこうなのでは無いか、ひょっとするとこうかもしれない。様々な可能性を考えてやってみて、最後に正解にたどり着く。

これはダーウィン的思考といってよい。すなわちダーウィンが「種の起源」で書いた、生物進化の様子がこれに似ている。生物はたくさんの子孫を生んで試行錯誤する。たくさんの異なった子孫の中で、より環境に適応した個体の生存する可能性が高くなる。複雑な問題を解く場合にも、たくさんの可能性を考えて、それを試すことで確からしい答えに近づいていく。

正確さが必要

それでは、ダーウィン的な思考では何が重要なのだろう。ダーウィン的思考には正確さが重要である。

複雑な問題といっても、ここでは桁数の多い数字の掛け算を考えてみよう。これは数学の複雑な問題に比べれば、はるかに単純である。たとえば、でたらめに数字を並べた9桁の数字と、でたらめに数字を並べた9桁の数字の掛け算を考えてみよう。

972,584,239 x 406,180,387 =

この計算では、まず一桁の掛け算を81回おこなう。その後で二桁の足し算を81回行う。(正確には一桁の足し算もあるが、一桁の足し算の回数は数字によってかわるので、ここでは簡単化のために二桁の足し算だけと近似することにする。)すると、この9桁の数字の掛け算で、一桁の掛け算81回と足し算162回の合計243回一桁の計算を行うことになる。

いま、一桁の掛け算と足し算を共に99%の正答率で行える人がこの計算をすると、どれくらいの正答率になるだろう。この掛け算全体の正答率は、0.99を243回掛ければ出てくる。この人が何回かこの計算をしたときに正答を得る可能性は8.7%。つまり、この人が10回この計算をしてもそのうち9回は間違った答えになる。10回の計算の答えはそれぞれ異なった答えになるので、おそらくこの人にはどれが正しい答えかわからない。この人は永遠にこの計算の正しい答えに到達しない。

実際の数学の問題では、単に掛け算や足し算を繰り返すというわけではない。しかし、単純な操作を多数回繰り返すという作業は、多くの数学の問題でしばしば遭遇する過程である。正確さというのは複雑な問題解決のために本質的に必要な要素なのである。

「注意が足りない」の誤り

さて子供が計算を間違うと親は注意が足りないという。子供も注意が足りなかったと思う。多くの場合、注意した結果がこの正答率で、注意しなければもっと結果は悪い。掛け算と足し算の注意したときの正答率を上げることが絶対に必要である。

それでは、1桁の掛け算と1桁の足し算の正答率を上げるためにはどうしたらよいか。繰り返し1桁の掛け算と1桁の足し算を行って、計算に習熟することによって正答率を上げるしかない。

中学生、高校生、大学生にも必要

小学校以降の数学でも繰り返しは必要である。中学校では代数での文字式の計算(例えば (a + b) × (a + b) = )が始まる。ここでも、理解した後で計算を繰り返して、文字式の計算に習熟することが必要である。繰り返すなかで文字式を用いた計算の意味が理解できる。それによって、より高度な計算を行う基礎がつくられることになる。因数分解、微分、積分と、習熟が必要な項目は大学まで続く。これらを早く正確に行えるかどうかが、複雑な問題を解けるかどうかを決定する鍵になる。

繰り返しは数学以外にも必要

繰り返しを行って知識と技術を定着させることは、数学以外の科目でも必要である。物理に数学同様の繰り返しが必要なことはわかり易いかもしれない。F = mα うむ、Fは力で、力Fは質量mに加速度αを掛けたものになる。うむ、わかった。しかし、わかっただけでは使い物にならない。この式を使った問題を多数解くことによって、この式の本当の意味を理解する。この式の本当の意味を理解して、初めてこの式を使える様になる。習熟していない知識は使い物にならない。

ただし、そんなに心配することはない。社会にでて仕事をすると、どんな場合でも厭と言うほど繰り返すことになる。それによって仕事に熟練していく。

問題は、小学校から大学卒業までの16年間、学校生活をいかに有効に過ごすかである。化学、生物、国語、英語、社会科にいたるすべての科目で、繰り返すこと、問題を多数解くことで習熟することが必要である。「わかれば良い」では、その知識と技術を使いこなすことができない。知識と技術を使いこなすことができないと、次の段階を学ぶ基礎が固まらないことになり、次の段階で崩れてしまう原因となる。繰り返しなさい、繰り返す者は救われます。

 

(6/12 本連載は12回連続となります。)