研究とはなにか
研究とは、何かわかっていないことを明らかにすることである。わかっていないことがあった場合には、実験をするか、観察するか、観測する。その結果、新しい事がわかってくる。
わかっていること
さて、それではわかっていることとはなにか。今このコラムを読んでいる読者は、様々なことを知っていると思う。しかし、読者のあなたが知らなくても、わかっていることは世の中にたくさんある。それでは、わかっていることとは何か。世界の研究者のだれかが発表したことはわかっていることになる。
例えば、ある分野の研究者に何かを聞いたとすると、答えは次の様になる。「そうですね、1980年代にトーマス・チェックという研究者が、スプライシングという反応の研究をしていて、RNAだけを溶液にいれても反応が進む事を見つけたのです。」つまり、トーマス・チェックが実験をして、その結果、RNAが反応を触媒することがわかったわけである。
ある研究者が知らなくても、その研究者が知らないだけかもしれない。だれか他の研究者が研究結果を発表していれば、それはわかっていることになる。研究者は、その分野でわかっていることをすべて知っている必要がある。
わかっていないこと
わかっていることをすべて知っていればそれでよいかというと、そうではない。研究者は次の様に答えるかもしれない。「いえ、生命の起源より前に、ATPがどの様にできたかは、わかっていないのですよ。」
今、研究者がわかっていることをすべて知っていると、世の中でまだわかっていないことがわかる様になる。今わかっていないことを知っていることを「無知の知」というかも知れない。無知の知というと、一般には「いかに自分が知らないか」を知るという意味であるが、研究の場合には「わからないことは何なのか」が重要である。
わかるための技術
ただし、わからないことなど、世の中にいくらもある。世の中はわからないことだらけと言って良い。ところが、わかるための方法がないと、それを調べることができない。そこで研究者は、わからないことをどう調べるかということを考える。技術があって初めて、わからない事を調べることができる。
多くの研究では、わかるための技術があることが決定的に重要になる。例えば1953年ワトソンとクリックがDNA二重らせん構造を明らかにしてから、遺伝子についていろいろなことがわかってきた。遺伝情報はDNAにACGT(塩基)の並び順で記録されていることがわかってきた。しかし遺伝情報を読み解くことはかなり大変な実験だった。
1977年フレデリック・サンガーが新しいDNA配列解読法を開発した。この方法はその後発展して、機械で遺伝子を読み取ることができるようになった(右上図)。その結果、生物の持つ全遺伝子(ゲノム)を読むことができる様になった。
つまり、この新しいDNA配列解読法の開発によって、わからないことをわかるための技術が得られたことになる。サンガーは1980年にDNA配列解読法の開発でノーベル化学賞を受賞した。DNA配列解読法は、それ自体は発見ではないが、この技術によって生命科学が飛躍的に発展した。
つまり、技術は新しいことを知るための鍵になる。ただし研究をするうえでは、わかっていることと、わかっていないことを知っている必要がある。わかっていることを知って、わかっていないことをなにかの技術で調べて、新しいことを知るのが研究である。
(9/12 本連載は12回連続となります。)