名誉教授コラム

大きな魚の話
~鯉のぼりの季節に思うこと~

井上英史

金魚を飼っていたら、鯉くらいの大きさになった。これは、学生時代に知人から聞いた話です。そもそも鯉だったのでは?とツッコミましたが、本当らしいです。

実際、金魚は十数年生きたり、数十cmの大きさに育ったりするそうです。ギネス世界記録は47.4cmだとか。47 cmの真鯛だったら、塩焼きにして日本酒か白ワインといただいたら美味しいだろうな。でもギネス級の金魚だったら、真鯛どころではない高値がつきそうです。

最大魚類はジンベエザメ

釣人は大物自慢が好きです。釣り上げたときは最高に嬉しいでしょう。小学生のとき、親戚らと若狭湾で船を出して海釣りをしました。初めての海釣りで小さなフグを次々と吊り上げて少々良い気分になっていましたが、クサフグは外道の代表。大人たちから笑われ、私は膨れていました。

海棲生物では、ダイオウイカなど、ときどき巨大なものが見つかって話題になります。ヘミングウェイの「老人と海」では、老漁師が巨大なカジキと死闘を繰り広げます。

最大の魚類はジンベエザメで、全長18.8 mのものが知られています。サメというと獰猛なイメージがあるかもしれませんが、ジンベエザメは性質が穏やかです。歯は退化して小さくなっていて、濾過摂食という方法でプランクトンや小魚の群れを噛まずに飲み込みます。口が1.5mもの幅になることがあって、マグロまで飲み込むこともあるとか。

ジンベエザメの卵は、どれくらいの大きさでしょうか? 大きなもので長径30 cm、短径も10 cm近くあるとか。こんな大きな栄養の塊が海底にころがっていたら、格好の餌食になるのではと心配です。でも、大丈夫。1995年に妊娠中のメスが捕獲されました。お腹から、生まれる直前の稚魚が300尾あまり見つかりました。卵胎生、つまり母親の体内で卵が孵化してから体外へ産み出されることがわかったのです。幼魚は55cm前後の大きさがあるので、これを飲み込む天敵は少ないでしょう。

ジンベエザメの成熟年齢は、25〜30歳だそうです。平均寿命は100歳を超えると言われ、最長では年齢130歳と推定されたものが報告されています。ヒトの長寿ギネス記録は122歳なので、ジンベエザメの方が長生きですね。

最高長寿の脊椎動物はニシオンデンザメ

自然界で生存の危機に脅かされることの少ない生物は、天寿を全うする可能性が高くなります。シャチはクジラやイルカの仲間の哺乳類ですが、海棲生物の食物連鎖の頂点にいる最強ハンターで、100年くらい生きることが知られています。最大哺乳類は全長約30 mのシロナガスクジラで、80〜90年生きます。では、脊椎動物の長寿最高記録はどれくらいでしょう?

北大西洋に生息するニシオンデンザメは、大きいものでは全長7.3 m、体重1400 kg のものが知られています。2016年8月、ニシオンデンザメの年齢について、サイエンス誌に掲載された論文が話題になりました。デンマークの研究グループが、グリーンランド周辺に生息する28匹のメスのニシオンデンザメを調べ、体長502 cmのものの年齢を392±120歳と推定しました。

どうやって推定したのでしょう? 考古学でも使われる放射性炭素年代測定という方法でした。生体の多くの部分は新陳代謝で分子が置き換わりますが、眼の水晶体を形成しているタンパク質は新陳代謝されず、最初につくられたままです。放射性同位体の炭素14はある割合で自然界に存在しますが、半減期5730年でβ線を出して崩壊します。そのため、水晶体の放射性同位体の量を測定すれば、いつの生まれかを推定できるという原理です。

392歳は、日本で言えば江戸時代初期の生まれです。短く見積もって272歳としても、脊椎動物の長寿最高記録です。ニシオンデンザメは1 cm大きくなるのに1年ほどかかるので、全長7.3 mのものは室町時代の生まれだったのかもしれません。

ニシオンデンザメは、のんびり泳いでのんびり育つ

ニシオンデンザメは,どうしてこんなにも長生きできるのでしょう? その秘訣の一つは、低温の海の底であまり動かず、代謝が少ないことが考えられます。泳ぐ速度は平均時速1 km、早いときでも3 kmというノロノロ泳ぎです。主に魚を食べますが貪欲で、エサになりそうなものであれば何でも口に入れるようです。胃からトナカイや、ホッキョクグマの骨が見つかったこともあるとか。ノロノロ泳ぎでクマと格闘することは想像できないですね。死亡して漂流していたものを食べたのではと推測されています。

また、性的に成熟するのも随分とゆっくりです。メスの成熟に150年かかることが推定されました。無防備に成長や動きが遅いことは、生物にとってリスクとなります。ニシオンデンザメがのんびり生きることができるのは、体が大きくて生息する環境に天敵がいないからでしょう。

生態的に優位な生物は、ゆっくり育つことができる

ジンベエザメやニシオンデンザメと比べると、魚類の多くは成熟が早く短命です。そしてたくさんの卵を産みます。これは、食物連鎖における位置が低いためと考えられます。食物連鎖の下位にいる魚は、常に生存の危機に脅かされています。たくさん産卵しても、成体になるまで生き延びることができるのは一部だけです。多くの天敵に狙われるので、早く成熟して一度にたくさん産卵しなければ、種を存続させることができません。

天敵が少なく食物連鎖の上位にいる生物は、早く成長する必要がないからゆっくり成長すると考えることができます。ゆっくり成長することで何か利点があるでしょうか? ヒトのように知能を大きく発達させる生物だったら、利点は明らかだと思います。

鯉のぼりの季節に思うこと

ヒトは、食物連鎖で最上位にいると考えることができます。平和で社会が安定し、食糧事情や衛生環境に問題が無く、自然災害による被害を防ぐことができれば、多くの人が天寿を全うすることができます。機会を平等に得ることができれば、誰もが人格や能力を育てることに時間をかけることができるはずです。子供たちには、ゆっくり健やかに育って、大きな心で未来を拓いて行ってほしいですね。