名誉教授コラム

地球温暖化
記録的な夏を終えて

井上英史

この夏も暑かったですね。気象庁によると、8月の平均気温は27.48℃で、7月に続いて2ヶ月連続で観測史上最高。9月も真夏日が続きました。日本も世界も記録的な暑さで、世界各地が熱波や山火事に見舞われました。

世界の平均気温は、1880年頃から上昇を始めました。産業革命以前と比較した上昇値は、2016年に+1.28℃となり最大を記録しました。この気温上昇の要因には、人間活動が放出する温室効果ガスがあります。 

地球温暖化の見通し

2015年、パリ協定がCOP21(国連気候変動枠組み条約締約国会議)で採択されました。2020年以降の温室効果ガス削減に関する世界的な取り決めとして、「2℃目標(努力目標1.5℃以内)」が掲げられています。1.5℃目標を達成するには、2030年までに2010年比で45%、CO2排出を削減する必要があります。しかし、その達成は危ぶまれています。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が3月にまとめた第6次評価報告書では、さまざまなシナリオで今後を予測しています。最良のケースでも2040年までに気温上昇が1.5℃、多くのケースで2030年代前半に1.5℃に達するとされています。COP21当時の予測より10年ほど早まっています。5月のWMO(世界気象機関)の報告では、66%の確率で2027年までに1.5℃を超えるといいます。

1.5℃を超える上昇は、災害規模や頻度の増大につながると予想されています。そして、長い将来に渡って影響します。温暖化を1.5℃や2℃以内に抑制しうるかは、主に、CO2排出正味ゼロを達成する時期までの累積排出量によって決まります。

地球規模の気候変動

地球は誕生以来、大きな気候変動を繰り返してきました。

氷河時代とは、大陸並みの大きさの氷床が存在する時代をいいます。現在、広大な氷床が南極大陸とグリーンランドに存在しています。つまり、今は氷河時代で、4900万年前に始まったとされます。

氷河時代には、中緯度地域まで氷河や氷床に覆われるような氷期と、氷期と氷期の間の,温暖で氷河が縮小した間氷期があります。現在は、間氷期です。

気候が地球規模で変動する要因は、複数あります。太陽放射量の変動、大気組成の変化、火山活動等の地殻変動、地球の公転軌道の形や自転軸の傾きの変動などです。これらの長期的な変動が、氷期や間氷期といった気候変動を引き起こします。ここに人間活動の影響が加わっています。

気候変動におけるティッピングポイント

地球の寒冷化がある程度進み、次のフィードバックループが生じると、さらに寒冷化を進行させます。

  寒冷化→氷河の成長→地表の反射率の上昇→太陽光エネルギーの吸収が減少→寒冷化の促進

今は、温暖化のループが始まろうとしています。

  温暖化→北極や南極の氷が融解→地表の反射率が低下→太陽光エネルギーの吸収が増大→温暖化の促進

ある程度温暖化が進行したところで、温暖化は後戻りのできないステージに入ると予想されます。

最近、世界で大きな山火事が頻発していますが、温暖化が要因と言われています。山火事はCO2を放出するだけでなく、CO2を吸収する森林を失います。CO2は、永久凍土の融解によっても放出されます。CO2が増えて海洋への溶け込みが増すと、海洋が酸性化して生態系が崩壊します。CO2の放出増は悪循環を生みます。

熱帯林は、CO2 吸収に重要です。しかし、「その機能は最高3.9 ± 0.5℃の気温上昇で、潜在的転換点に達する」ことが、最近、Nature誌に報告されました。つまり、これを超えて気温が上昇すると、葉が枯れ、光合成が機能不全に陥り、CO2の吸収が減ります。

少しずつ進行していたことが一定の条件を超えると一気に進行するようになる転換点を、ティッピングポイントといいます。温暖化のティッピングポイントがいつ来るかは、科学的に一致した見解はないものの、産業革命以降の世界平均気温の上昇が1.5℃を超えると可能性が高いと言われています。

古代の気候変化をどのように推測するか

ところで、有史以前の気候は、どのようにして推測するのでしょうか? 

2000年前頃までは、木の年輪の幅から推測します。さらに過去に関しては、古代から残る氷中の酸素同位体18Oの量に着目します。

18Oは、通常の酸素原子16Oよりも大きな質量をもつため、18Oからなる水(18O水)は、16O水よりも重くなります。軽い水分子は重い水分子よりも蒸発しやすく、逆に水蒸気が凝結して水滴をつくるときは、重い方が凝集しやすい性質をもちます。

したがって、寒冷期は16O水が海面から主に蒸発し、陸に雨や雪として降ります。その結果、海水中の18O/16O比が大きくなり、陸で生じる氷床の18O/16O比は小さくなります。温暖期は18O水も海面から蒸発し、16O水よりも雨や雪になりやすいため、陸で生じる氷床の18O/16O比が大きくなります。

このことから、海底の堆積物中の微化石や、極地や高山の氷床から採取した氷のコアの18O/16O比を調べることで、数十万〜百万年前の気候変化を推定することができます。

人類の歴史と気候変動

人類は、気候変動を何度も経験してきました。

約23万年前、ネアンデルタール人が出現しました。この頃は温暖期のピークで、緩やかに寒冷化へ向かいます。ホモ・サピエンスは、約20万年前にアフリカに現れたとされます。

14万年前、氷期はピークを迎えます。温暖化へ向かい、12万〜13万年前からは急速に寒冷化し、11万年前頃から緩やかに上下を繰り返して徐々に氷期へ向かいました。この氷期が終わる1万1700年前から現在までを完新世といいます。

完新世の初期は、温暖化によって大陸氷床が融け、海面が上昇しました。その上昇幅は130メートルにも及び、日本列島が大陸と切り離されて形成されました。最も海面が上昇したのは約6,000〜6,500年前で、平均気温は2℃、海水準は3〜5メートルほど現在より高かったとされます。海面上昇が最も進んでいた頃は、一年間に26ミリメートル海面が上昇し、海岸線は平均で1メートル弱後退したと見積もられています。この海面上昇は、縄文海進とよばれます。

縄文時代は、約1万6千年前から3千年前までとされます。最も温暖だった7千年前から4千年前は縄文前期から中期にあたり、典型的な縄文文化が栄えた時期です。青森県の三内丸山遺跡(約5900年前から4200年前)に行ったことがあるのですが、人々の豊かで穏やかな生活が想像されました。

当時の世界の平均気温はIPCCの警告よりも高く、相当な嵐に見舞われたことでしょう。その一方で、温暖・湿潤な気候は三内丸山遺跡周辺にも栗などの木の実を多く育み、タンパク質や脂質に富んだ栄養源となりました。また、海面の上昇によって入江が増え、海産物にも恵まれました。人々は大きな集落を形成することができ、文化が発展しました。

しかし4200年前、世界的に気温が2℃ほど低下し、縄文文化は衰退しました。寒冷化で食糧が減り、分散して暮らさざるを得なくなったことが考えられます。

過度な温暖化を阻止しよう

私の少年時代、夏は今ほど暑くありませんでした。昼間は暑くても、夕方は自然の風で涼むことができました。昨今は、どうでしょう?

急激な気候変動は、生態系や人類に危機的な影響を与えます。今の温暖化が人間活動によって放出される温室効果ガスによることは、広く知られています。しかし、歯止めをかける目処は立っていません。後戻りできないフェーズに入る前に、人類はこれを止めることができるのでしょうか? 

地球温暖化の阻止は、喫緊の課題です。

 

参考文献:
環境省Webサイト、IPCC 第 6 次評価報告書
46億年の地球史、田近栄一著、2019年、三笠書房
気候変動と「日本人」20万年史、川幡穂高著、2022年、岩波書店
Nature 621, 105–111 (2023) Tropical forests are approaching critical temperature thresholds.