名誉教授コラム

地震国,日本に生きる

井上英史
画像:全国地震動予測地図2020年版(地震調査研究推進本部)より抜粋(出典1)

平穏な新年の幕開けが、元日の午後4時10分、一変しました。能登半島沖の深さ11 kmを震源としたマグニチュード(M)6.9の地震。石川県志賀町と輪島市で震度7を記録しました。

能登の救援は、地理的特性・交通事情等のため時間がかかり、復旧も難航しています。被災された方々が一日も早く平穏な日常を取り戻すことを願うばかりです。

地震国 日本

能登の海岸線は、今回の地震によって4 mも隆起した場所があり、90 kmに渡って海が後退(海退)しました。海退は最大で240 mに及び、半島の面積がおよそ4.4 km2拡大したとのことです。日本列島形成プロセスの一例を見せつけられた気がしました。

M6以上の地震は、世界の約2割が日本周辺で発生しています。2011~2020年に世界で1443回発生し、うち259回(17.9%)が日本でした。(出典2)

震度5以上の地震が、日本で毎年10回程度発生しています。(出典3)

地震の発生メカニズム

地震の発生メカニズムには、プレート境界型、活断層型、火山性の3種類があります。2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(M9.0、最大震度7)は、プレート境界型です。太平洋プレートと北米プレートの境界にあたる水深6,000m 以上の海溝で起きました。北海道や東北、関東は北米プレート上にあります。

プレートがもう一つのプレートの下に沈み込む際の境界面をメガスラストといい、この潜り込みの際に地震が発生することがあります。メガスラスト地震は、えてして非常に巨大・破壊的で、東日本大震災のような大津波の引き金となることがあります。

阪神・淡路大震災を引き起こした1995年1月17日の兵庫県南部地震(M7.3、最大震度6)は、活断層型でした。その後も熊本など各地で活断層型地震が発生しています。能登半島地震も活断層型で、複数の活断層が連動したとの説があります。

関東大地震

関東大震災を引き起こした1923年9月1日の関東大地震(最大震度7、M7.9と推定)は、相模トラフのプレート境界で発生したと考えられています。この場所では度々大きな地震が発生しています。

南関東では69年周期で地震が再来するという説が、1970年に唱えられました。東京は危険だから、地震が少ない関西に住む方が良いと言う人もいました。しかし、阪神・淡路大震災によって、関西も安全でなかったことを思い知らされました。

今年は、関東大震災から101年目です。既に69年説という語は聞かれず、最近は200年周期という語を耳にします。

南海トラフ地震

南海トラフ地震の脅威は、度々メディアで取り上げられます。南海トラフは、静岡県から宮崎県にかけての、フィリピン海プレートとユーラシアプレートが接する海底の溝状の地形を形成する区域です。日本列島の西側は、ユーラシアプレート上にあります。

南海トラフ地震は、概ね100~150年間隔で発生しています。1944年や1946年の大地震から80年近くが経過し、南海トラフ地震発生の切迫性が高まっていると気象庁は言っています。地震調査研究推進本部(地震本部)は、M8~9級の南海トラフ地震が30年以内に発生する確率を70~80%としています。(出典4,5)

南海トラフ地震の発生確率をめぐって

東京新聞(中日新聞東京本社)の小沢慧一記者が、昨年12月、第71回菊池寛賞を受賞しました。小沢氏は、2018年から南海トラフ地震の発生確率に関する取材を始め、2019年秋に「南海トラフ80%の内幕」という記事を中日新聞に連載しました。その後も取材を続け、ある事実に行き着きました。(出典6)

小沢氏によると、南海トラフ地震の発生確率は、他地域とは異なる計算式によるものであり、「水増し」されているということです。計算の根拠をたどると、江戸時代の古文書にある一つの情報でした。しかも、それはあいまいで不確かな情報でした。

30年以内に南海トラフ地震が起こる確率を、他の地域と同じ方法で計算すると20%だそうです。地震調査委員会に参加している地震学者は、予測値を引き下げるか両論併記するかを議論しました。しかし、そうした声は通りませんでした。

地震予知と長期予測

遡って1976年、東海地震説が発表されました。静岡県沖の駿河湾を震源とするM8クラスの地震がいつ起きても不思議はないというものでした。地震に備える法律が必要とされ、1978年に大規模地震対策特別措置法が成立しました。

この法律には、地震予知を前提とした次の条文があります。

第九条 内閣総理大臣は、気象庁長官から地震予知情報の報告を受けた場合において、地震防災応急対策を実施する緊急の必要があると認めるときは、閣議にかけて、地震災害に関する警戒宣言を発するとともに、次に掲げる措置を執らなければならない。

予知は、「数日以内に〇〇で大地震が発生する」というものです。しかし、今日に至るまで、予知は可能になっていません。

阪神・淡路大震災をきっかけに、予知ではなく長期予測が主になりました。長期予測では、過去にどういう頻度で地震が発生したかを基に、その地域での発生確率を算出します。(南海トラフに関しては、異なる算出方法が適用されました。)

ところが、2011年の東北地方太平洋沖地震は想定外でした。また、2016年の熊本地震は,30年以内の確率がほぼ0~0.9%とされているなかで起こりました。予測値が低い他の地域でも大地震が発生しています。

冒頭の地図は、地震調査研究推進本部(文部科学省の特別の機関)が公表している全国地震動予測地図2020年版から、震度6弱以上の予測図を抜粋したものです。濃赤色は、30年以内の発生確率が26%以上の地域です。能登半島は0.1~3%未満です。(出典1)

リスク予測と対策

南海トラフ地震の発生確率の算出方法に疑義が生じれば、より適切な方法に修正することは科学者として当然です。しかし、防災の立場からは、確率の下方修正によって防災意識が低下することが懸念されました。それも無理からぬことです。被害の甚大さを思えば確率20%も軽視できませんが、80%と20%とでは人々の心理に与える影響が異なります。

また、冒頭の地図を見て、黄色の地域は濃赤色の地域よりもはるかに安全という印象をもつ人は少なくないでしょう。地震本部Webサイトの南海トラフ地震の発生確率には、「地震発生確率値の留意点」という文書がリンクされています。そこには、次のように記載されています。

活断層で起きる地震は、発生間隔が数千年程度と長いため、30年程度の間の地震発生確率値は大きな値とはなりません。例えば、兵庫県南部地震の発生直前の確率値を求めてみると0.02〜8%でした。地震発生確率値が小さいように見えても、決して地震が発生しないことを意味してはいません。(出典7)

日本で暮らす以上、どこにいても大地震に遭遇する可能性があります。予知が不可能な以上、いつ来ても良いように備えるしかありません。リスクの想定と対策は、確率の大小を問わず、万が一の場合の直接的および二次的な被害や、社会的な影響の大きさを考慮するべきでしょう。

羽田空港の事故に学ぶ

1月2日、羽田空港で、能登の救援に向かう海上保安庁の航空機に、日本航空機が衝突する事故がありました。日航機は炎上しましたが、乗客・乗員は全員が無事に脱出しました。この脱出劇は奇跡と称賛されていますが、乗務員の日頃の訓練のたまものです。

では、このような事故が起こる確率はどの程度だったのでしょうか? アメリカの国家運輸安全委員会の調査によると、航空機で死亡事故にあう確率は0.0009%で、乗務員が毎日搭乗するとして438年間に1度に相当するそうです。低い確率にも見えますが、万が一の被害の甚大さを思うと、備えを疎かにはできません。

科学と社会

日本は、どの地域も地震災害に備える必要があります。しかし、何をどこにどの順序で備えていくかには、優先順位をつけざるを得ません。その判断において、発生確率や科学的な観測による情報も議論に使われるでしょう。しかし、情報の質は一様ではありません。

地震に限らず、現代社会では、専門外の人たちが科学的な情報をどう見て、どう評価し、どう判断するかの重要性が増しています。専門外から情報を適切に評価することは困難ですが、どのような前提と方法・論理による情報かは、ある程度チェックできます。一般の人たちのそうした目や思考を手伝うことも、科学に関わる者の役割だと思います。

出典
(1) 地震調査研究推進本部、全国地震動予測地図2020年版、
https://www.jishin.go.jp/main/chousa/20_yosokuchizu/yosokuchizu2020_chizu_10.pdf
(2) 国土交通省、河川データブック、
https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen_db/pdf/2021/2-2-4.pdf
(3) 日本気象協会 tenki.jp、過去の地震情報震度5弱以上、
https://earthquake.tenki.jp/bousai/earthquake/entries/level-5-minus/
(4) 気象庁、南海トラフ地震関連解説情報について -最近の南海トラフ周辺の地殻活動-、
https://www.jma.go.jp/jma/press/2401/11a/nt20240111.html
(5) 地震調査研究推進本部、南海トラフで発生する地震、
https://www.jishin.go.jp/regional_seismicity/rs_kaiko/k_nankai/
(6) 小沢慧一、南海トラフ地震の真実、東京新聞、2023年
(7) 地震調査研究推進本部、地震発生確率値の留意点、
https://www.static.jishin.go.jp/resource/regional_seismicity/glossary/kakuritsu.htm