以前に行った伊豆シャボテン動物公園の光景を、ときどき思い出します。いろいろな動物が放し飼いされているのですが、夕方、リスザルの群れが頭上を巣に向かって移動して行くのが見ものでした。体長約30 cmのリスザルが、40 cmほどの長い尾を使ってバランスをとり、上手に木の枝を渡って行きます。
サルには長い尾をもつものが多く、クモザルように尾で物をつかむことができるものもいます。クモザルは尾を枝に巻きつけてぶら下がることができます。一方、ニホンザルの尾は短く、10 cm 前後です。これは、寒冷な地域に生息しているためと考えられます。以前のコラム「野生動物の防寒対策」でふれたように、「同種の恒温動物では、寒冷気候に適応したものは、温暖気候に適応したものより手足や体の付属器官が短い」ことが、アレンの法則として知られています。
尾の役割
多くの脊椎動物が尾をもちますが、その役割を整理してみましょう。まずは、バランスを保つのに使われます。多くの四足歩行の動物で、運動の際や樹上において、姿勢を維持したりバランスを保ったりする役割をしていると考えられます。クジラや魚類などでは、水中で泳ぐ際の姿勢を維持し体を安定させるのに尾が重要な役割を果たします。
物を掴むことができるクモザルの尾は、まるで5本目の手足のようです。カンガルーの尾も、実に筋肉質で第5の脚のような役割をもちます。カンガルーは、じっと立っているとき、2本の脚に尾を加えて三脚のように立っています。ゆっくり移動するときは、前脚・後脚に尾を加えた「五足歩行」をします。地面に及ぼす力を測定し、尾が生成する力学的な力を計算すると、前脚と後脚を合わせたと同じくらいの推進力を担っているとのことです(文献1)。
イヌは、コミュニケーションの手段として尾を使っているように見えます。コラム「キツネを飼い慣らしたらどうなる?」で述べたように、何世代も飼い慣らして従順化したキツネも、子犬のように尻尾を振るそうです。ネコやブタなどの他の動物も、感情が尻尾の動きに表れると言われています。
一部の動物の尾は、体温の調節に役立つことがあります。ネズミの尾には毛が生えていませんが、体内に溜まった熱を尾から放散させて体温を調節するためと言われています。イヌ科の動物の尾には毛がありますが、冷たい環境で体を保温するために尾を体に巻きつけることがあります。
ウマやウシなどは、体にとまろうとする虫を追い払うために尻尾を使っています。このように、尻尾は動物によってさまざまな役割を担っています。
ヒトはなぜ尻尾をもたない?
ほとんどのサルには尻尾がありますが、霊長類のうち類人猿とよばれるヒトやゴリラ、チンパンジー、オランウータン、テナガザルは尻尾をもちません。これはどうしてなのでしょう?
ダーウィン的な考え方では、ヒトの祖先は四足動物で尾をもっていたけれども、二足歩行に適応する中で尾が不要になり、退化して失われたことが推測されます。しかし、尾の喪失と二足歩行の開始が進化の過程でいつ起こったかをみると、両者の関係ははっきりしません。
尻尾の喪失は、約2500万年前にサルとの共通祖先から分岐して類人猿が出現したのと同時か、あるいはその直後に起こったと推定されています。
二足歩行を始めたのはいつ頃でしょう? アフリカで350万年前の猿人アウストラロピテクスの足跡が見つかっており、この頃には既に私たちの先祖は二足歩行をしていたと考えられています。これをさらに遡る発見が2022年にNature誌に報告されました(文献3)。
初期ヒト族サヘラントロプス・チャデンシスの化石が、2001年にアフリカ中部のチャドで見つかりました。年代測定によって約700万年前のものであることが判明しています。太腿や前腕の骨の化石を分析したところ、大腿骨の解剖学的特徴から、二足歩行していたことが示唆されました(文献3)。一方、前腕の骨(尺骨)は、木登りへの適応の特徴である形質と一致しました。このことから、約700万年前、ヒトとチンパンジーが分岐した直後に、人類の先祖は木登りができる尺骨の特徴を保持しつつ2本足で歩く能力を備えるようになったと推測されます。
このように人類の先祖の二足歩行の開始は700万年前に遡れますが、尻尾を喪失したとされる2500万年前は、まだ二足歩行をしていないと考えられます。進化の過程で尻尾を喪失した合理的な意味は不明のままです。
ヒトが尻尾を喪失した遺伝的基盤
2月28日のNature誌に、ヒトや類人猿が進化の過程で尾を失った遺伝的基盤に関する論文が発表されました(文献4)。この研究は、当初2021年に投稿されてプレプリントが公開されましたが、それから2年5ヶ月を経ての出版となりました。この間、追加実験としていくつかの系統の遺伝子編集マウスがつくられ、検証が行われました。
この研究でXiaらは、まず、いくつかの霊長類種のゲノムを比較しました。そして、類人猿でのみ、Aluエレメントとよばれる霊長類特有の転移因子の一種がTBXT遺伝子のイントロンに挿入されていることを見つけました。類人猿以外の霊長類では、この挿入は見られません。ちなみにTBXT遺伝子はブラキウリ(「短い尾」を意味する)とよばれる転写因子をコードしています。この遺伝子の変異は、マウスでヘテロ接合体の尾が短くなるものとして1927年に最初に記述されました。
なぜAluエレメントがTBXT遺伝子のイントロンに挿入されると尾が喪失されるのでしょうか? Xiaらは、反対方向を向いたもう一つのAluエレメントを別のイントロンに見つけました。このAluエレメントと反転Aluエレメントは対になって二本鎖RNA構造を形成し、この二つのエレメントの間にあるエクソン6がスプライシングによって除去されることが考えられます。このことは、遺伝子編集を用いた実験によって確認されました。
遺伝子編集によってTBXT遺伝子のエクソン6を欠失したマウスを作製したところ、この変異遺伝子を1コピーもつマウスにおいて、尾の喪失や短縮が見られました。これによって、ヒトが尾を喪失したことの遺伝的基盤としてTBXT遺伝子の変異があることが明らかになりました。しかし、マウスにおけるこの変異のホモ接合体は致死であり、神経管欠損を誘発します。このことは、尾を喪失する表現型が安定して表れるためには、他の遺伝子の変化も必要であることを示唆しています。
もしヒトに尾があったら?
Xiaらの研究によってヒトが進化の過程で尾を喪失した遺伝的な基盤が示されましたが、尾を失うことの意義は不明です。尻尾をもつことが二足歩行に不利かというと、必ずしもそうではなさそうです。たとえば、オマキザルが物を運んだり二足歩行したりするときに、尾は姿勢を維持するのに役立っているようです。また、ロボット工学の研究では、二足歩行で荷物を運ぶ際に腰に「尻尾」を取り付けることで安定性を高めることができるそうです(文献5)。
すべての哺乳類は胚発生のある時点で尾をもっており、ヒトも発生過程の初期では尾があります。尾は、子宮内で8週間後、胚形成の終わり頃に消失し、内部部分が尾骨の形で残ります。もし、ヒトが尾をもっていたら、どうだったのでしょう?
参考文献
1. O'Connor, S.M. ら(2014)The kangaroo's tail propels and powers pentapedal locomotion. Biol Lett. 10, 20140381.
2. Tojima, S. ら(2018)J Anat. 232, 806-811.
3. Daver, G. ら(2022)Postcranial evidence of late Miocene hominin bipedalism in Chad. Nature 609, 94-100.
4. Xia, B. ら(2024)On the genetic basis of tail-loss evolution in humans and apes. Nature 626, 1042-1048.
5. Konkel, M.K. & Casanova, E.L.(2024)A mobile DNA sequence could explain tail loss in humans and apes. Nature 626, 958-959.