関東甲信の梅雨入りの平年値は6月7日ですが、今年は2週間遅れでその声を聞きました。それまで好天のもと、方々で咲き誇っているアジサイを楽しみました。
アジサイというと、カタツムリを連想します。アジサイの葉にカタツムリを探してみましたが、見つけられませんでした。カタツムリは、暑さ寒さや乾燥が苦手で、夏や冬を眠って過ごします。夏日や真夏日の日中だったので、涼しい場所に潜んでいたのでしょう。
カタツムリのような武蔵野台地の井戸
「あじさいまつり」の最中の府中市郷土の森博物館に行ったら、復元された「まいまいず井戸」がありました(写真)。マイマイはカタツムリの別称です。
小学生のとき、社会科見学で羽村市五ノ神のまいまいず井戸に行きました。まいまいず井戸は、地面をカタツムリの殻のように渦巻状に掘り下げた中心に井戸を掘ったもので、かつて武蔵野台地に多くありました。理由は、武蔵野台地の地質学的な性質です。
武蔵野台地は、およそ10万年前から数万年前にかけて多摩川によって形成された扇状地です。脆い砂礫層を、火山灰の層(関東ローム層)が覆っています。地表面から地下水脈までの距離が長いので、井戸は深く掘る必要があります。しかし、脆い地層に深く垂直な井戸を掘ることは、技術的に困難でした。そこで、地表面から砂礫層の下の粘土層まですり鉢状に掘り下げ、そこから地下水脈まで垂直に井戸を掘ったのでした。
でんでんむしむし🎵
カタツムリは、子供の頃、最も身近な生き物の一つでした。動きがのろいので、幼い子供の格好の遊び相手です。目玉は、ツノ(大触角)の先にあります。
そもそもカタツムリとは? 特定の生物種ではなく、陸生の巻貝のうち殻をもつものの総称です。日本だけでも800種類ほどいるとのことです。陸貝のうち殻が退化して失われたものの総称が、ナメクジです。
オカモノアラガイは、カタツムリの一種です。これがロイコクロリディウムという寄生虫の卵を含む鳥の糞を食べると、体内で孵化した寄生虫が触角に移動し、そこで活発に動きます(参考1)。触角がイモムシのように擬態され、これを鳥がついばむと、寄生虫が鳥に寄生します。カタツムリは、触角や眼を再生することができます(参考2)。
カタツムリは、アジサイ好き?
「カタツムリ⇔アジサイ」という連想は、実際どうなのでしょうか? 桜井雄太と森貴久(参考3)は、これを検証しました。
野外観察を山梨県上野原市で行なったところ、ミスジマイマイとウスカワマイマイが多く観察されました。この二種についてアジサイ、サクラおよびイネ科植物への分布を比較しました。ミスジマイマイは、確かに選択的にアジサイで発見されました。しかし、ウスカワマイマイはアジサイに対する選択性を示しませんでした。
次に室内実験で、ミスジマイマイが上記の植物の葉のいずれを選択するかを検証しました。二種類ずつの葉の組み合わせで比較したところ、アジサイの葉が他より多く選択されるということはありませんでした。
つまり、ミスジマイマイは、アジサイを好むというよりは、アジサイの在る場所を好むということのようです。
カタツムリの食
カタツムリは、通常はアジサイの葉を食さないと聞きます。では、何を食べているのでしょうか? コケや落ち葉、木の芽、虫の死骸などです。葉物野菜はカタツムリの好物なので、農業の観点からは害虫です。キャベツ、ハクサイなどの野菜類をはじめ花き類、観葉植物などの葉や蕾、果実を食害します。
アジサイの葉は、ヒトなど脊椎動物にとって有毒です。2008年、飲食店で料理に添えられた装飾用のアジサイの葉を食べたことによる食中毒事例が、相次いで発生しました。アジサイの葉の毒性は青酸配糖体が含まれているためという説があります。しかし、厚生労働省によると、アジサイの毒性は必ずしも青酸配糖体で説明できるわけでなく、未だ明らかではないとのことです(参考4)。
アジサイはカタツムリにとっても有毒か? まったく食べないのか?については明確でないのですが、少なくとも、カタツムリにとってアジサイは、食物としての重要性は大きくなさそうです。では、なぜミスジマイマイはアジサイにいるのでしょうか? 食べ物がアジサイの生えている場所にあるから、あるいは、アジサイの葉によって天敵や風雨を避けているといったことが考えられます。
カタツムリは、コンクリート塀の上でもよく見かけます。殻の主成分が炭酸カルシウムなので、カタツムリは成長するためにカルシウムが必要です。コンクリートは石灰岩(炭酸カルシウム)を含み、カタツムリはコンクリートや石灰岩を舐めることによってカルシウムを摂取することができます(参考5)。
カタツムリの生殖
海産の巻貝は、通常メスとオスがいる雌雄異体です。しかし、カタツムリは一般に精子と卵子を併せもつ雌雄同体です。2匹が交尾して精子を交換し、双方が受精します。なぜ、このような生殖を行うのでしょうか?
カタツムリはノロノロ歩きなので、雌雄異体だとなかなか異性と出会えません。そこで、繁殖効率の低さを補うために、雌雄同体として出会いの頻度を増しているという説があります。
カタツムリはどちら巻き?
府中市郷土の森と羽村市五ノ神のまいまいず井戸を見比べると、渦の巻き方が逆です。カタツムリの殻は、どうでしょうか?
カタツムリのほとんどは、右巻きです。巻貝における右巻きとは、 殻の尖った方を手前に向けたとき、中心部から殻口に向かって右回りになるものをいいます。カタツムリに限らず、ほとんどの巻貝が右巻きです。ただし、左巻きもいます。サカマキガイの殻は、その名のように、多くの巻貝とは逆の左巻きです。
巻貝の巻き方を決める遺伝子が、阿部真典と黒田玲子の研究で明らかにされました(参考6)。阿部・黒田は、モノアラガイのアクチンに関連する細胞骨格制御因子Lsdia1の遺伝子をCRISPR/Cas9を用いてノックアウトしました。その結果、右巻きだった貝殻が、ホモノックアウト体から産まれた子ではすべて左巻きになりました。
阿部博士に尋ねてみたところ、「巻貝は海から陸に上がってきたと思われるが、海にはほぼ右巻きの種しかいない。陸に上がった途端に左巻き種が現れた」そうです。左右のコンバートが起きた理由は不明とのことです。
生物の左右非対称
生物における左右非対称としてよく知られている例に、心臓などの内臓の配置があります。また、「左ヒラメに右カレイ」というように、ヒラメやカレイは、両目が片側に並ぶ左右非対称の姿です。生まれたとき、目は両側にありますが、成長過程で片方が反対側に移動します。ヒトの脳は、左半球は論理、右半球は感性に関係する役割を主に担います。
左右非対称性がどのようにして選択的に現れるかは、生物学の謎でした。近年、この領域で進展が見られています。
食としてのカタツムリ
カタツムリは、ヨーロッパでは古くから食されていて、古代ローマ時代には養殖が始まっていたそうです。カタツムリ料理には、フランス料理のエスカルゴのオーブン焼きなどがあります。フランスでよく食されている品種は、エスカルゴ・ド・ブルゴーニュです。
ブルゴーニュといえばワインの産地で、以前は葡萄畑でカタツムリが多く取れたそうです。同じ畑で育ったエスカルゴとワインの組み合わせは、味わってみたいですね。
【参考】
1. 目黒寄生虫館、ロイコクロリジウムQ&A、https://www.kiseichu.org/leucochloridium
2. Bever, M.M., Borgens, R.B. (1988) Eye regeneration in the mystery snail. J Exp Zool. 245, 33-42.
3. 桜井雄太、森貴久 (2016) 梅雨の風物詩「カタツムリがアジサイに付いている」は本当か? 陸産貝類による植物選択頻度と植物被度との比較.帝京科学大学紀要、12、11-15.
4. 厚生労働省、自然毒のリスクプロファイル:高等植物:アジサイ、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html
5. Barker, G.M. (2001). Gastropods on Land: Phylogeny, Diversity and Adaptive Morphology. In G. M. Barker (Ed.) The Biology of Terrestrial Molluscs (pp. 1-146). CAB International.
6. Abe, M., Kuroda, R. (2019) The development of CRISPR for a mollusc establishes the formin Lsdia1 as the long-sought gene for snail dextral/sinistral coiling. Development, 146, dev175976.