名誉教授コラム

もし太陽が西からのぼったら、私は逆立ちをする

山岸明彦

 私は逆立ちができない。しかし、気にすることはない。太陽が西からのぼることはないので、逆立ちをする必要はない。辞書を引いてみて欲しい、「西は太陽が沈む方向」とある。したがって世の中のすべての辞書を書き換えない限り、太陽は西からのぼらない。

命題の真偽

命題とは、客観的に正しいか、正しくないかを判断できる文章のことをいう。命題は、主に、「もし何々ならば、何々である」の形式で表現される。命題は正しければ「真」、間違っていれば「偽」という。そして、仮定が間違っていて「もし何々ならば」という部分が「偽」の場合、その命題は必ず「真」になる。

このコラムの表題でも「もし太陽がのぼったら」という部分が「偽」なので、そのあとに何をつけても正しい命題になる。つまり、「もし太陽が西からのぼったら、私は逆立ちをする」は正しい命題である。

地球の自転が止まったら、大災害になるだろう

地球の自転がとまると、太陽を向いている側は高温になり、太陽の反対側では低温になる。高温側は低気圧になり、低温側は高気圧になる。高気圧から低気圧に向かって暴風が吹き込むので、地球の全球に暴風が吹き荒れることになる。

実際、地球の自転は地球が誕生したころから遅くなり続けている。地球が誕生した46億年前、1日は5時間しかなかった。今も自転は遅くなり続けているが、安心して欲しい。地球の自転がとまることを心配する必要は無い。自転が遅くなる程度は微々たるもので、今から数十億年後まで自転がとまることはない。

なにかが起きる可能性の大きさが問題

つまり、何か大変な問題が起きると予想されるときに、問題になるのはそれがどれくらいの確率で起きるのかということである。今、地球の自転がとまる可能性はない。むしろ、今進行中の温暖化が止まらないことを心配した方が良い。

もし重症度が上がったならば

ウイルスは変異を繰り返す。これはよく知られている。ウイルスの変異によって感染性は高くなる。これもよく知られている。ところが、ウイルスの変異によって重症度が高まることは知られていない。

カミュのペストに書かれている黒死病はウイルス病では無いが、感染が始まった初期には致死率100%の病気であった。感染の広がりと共に、感染しても快復する患者が出始めた。エイズは感染が始まった初期には致死の病であったが、やがて生存する患者が出始めた。

1918年に誕生したインフルエンザウイルスによってスペイン風邪が引き起こされ、世界中で2000 万~ 5000 万人の命が奪われた。その後、ウイルスは変異して毒性が弱まり、ヒト集団にも適応免疫が生じて、その後大流行は続かなかった (細胞の分子生物学 第6版 2017年 ニュートンプレス)。

今回の新型コロナウイルスも世界および日本を含む11カ国で、致死率が低下している(Horita, N.,  Fukumoto, T.  2022,  J.  Med.  Virol.,  95: e28231)。その理由は、ワクチン接種のひろがりや治療の効果、感染による免疫獲得、ウイルス自体の弱毒化などの複合的効果と推測されている。

進化学からすれば、これは自然なできごとである。ヒト以外の宿主のウイルスが変異してヒトに感染する様になると、ヒトは抗体を持たないため、重篤な症状を起こす。その後ウイルスは変異し、変異した様々なウイルスの中で、感染性の高いウイルスがより広がる。

一方、この進化の仕組みに重症度が高くなる要素はない。ウイルスの重症度が高くなると、入院する可能性が高くなり、感染を広げる確率は下がる。重症度が高くなった変異型は広がりにくい。逆に症状が軽い患者は外を出歩き感染を広げる可能性が高い。

もし重症度が上がったならば大変だ

もちろん、もし重症度が上がったら大変である。これは専門家にいちいち指摘してもらう必要はない。だれでも分かる。重症度があがったら大変に決まっている。問題は、重症度があがる可能性がどれくらいあるかということだ。

「もし何々なら」という文章に出会ったら、「もし何々なら」の部分に注意する必要がある。その可能性がどれくらいあるのかが重要だからである。

 

 

(12/12 本連載は12回連続となります。)