1950年代,今から半世紀以上前,生化学という分野が誕生した。それまでの生物学は生物そのものを研究する学問であったが,生物の細胞をすりつぶしてその成分を分析する学問が生化学とよばれている。当時,超遠心機やカラムクロマトグラフィーという装置が開発されたことによって,タンパク質1種類を取り出すことができるようになった。私は1976年,生化学の研究を開始した(東京大学大学院)。植物の細胞から光合成を行うタンパク質(CP40とCP47)を取り出して,それらがクロロフィル結合タンパク質であることを発見した。
一方,1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を解明したことがきっかけとなって,分子生物学とよばれる分野が急速に発展していった。1970年代には組換えDNA技術が確立され,遺伝子をクローニング(単離)することができるようになった。
1987年,わたしはアメリカ留学から帰国して,大島泰郎教授の研究室(東京工業大学)の助手となった。そこで生命の進化の研究を初めた。まずゲノムDNAを長いまま電気泳動する装置(パルスフィールド電気泳動)の改良型を開発した。ゲノムというのは,生物の遺伝子の総体で,一つのゲノムには数千から数万の遺伝子が含まれている。改良したパルスフィールド電気泳動装置を用いて,古細菌スルフォロバス(Sulfolobus tokodaii)という生物が環状のゲノムDNAを持つことを明らかにした。ヒトなど真核生物のゲノムは線状のDNAからできているが,細菌は環状のゲノムDNAを持っている。古細菌と細菌がともに環状のゲノムDNAなのだから,生命進化初期の生物は環状DNAをゲノムとしてもっていたのであろうと推定した。
1995年,生物で初めてゲノムが解読された(細菌フェモフィリス・インフルエンザエHaemophilus influenzae)。当時のゲノム解読は,多数の研究者の協力で行われていた。この年,私は本学生命科学部に助教授として就任した。私も古細菌スルフォロバス(Sulfolobus tokodaii)のゲノム解読チームに参加した。解読された古細菌スルフォロバスのゲノム配列は2001に論文発表された。
1977年に海底に熱水噴出孔が発見された。2000年代,海底熱水噴出孔周辺での微生物の研究が盛んになっていった。我々の研究室でも海底熱水噴出孔の大型研究「アーキアン・パーク2000-2004年」や「海底下の大河2008-2013」に参加した。海底に掘削した穴から調査潜水艇で熱水を採集して,研究室に持ち帰って分析した。その結果,鉄やイオウに依存した微生物生態系が海底熱水噴出孔地下に存在することが明らかとなった。
同じころ,大気圏微生物の研究を始めた。2000年ころから何回か飛行機を用いて大気中微生物の採集を行った。高度12 kmまでの大気から微生物の採集に成功した。採集した微生物のうち2種は新種であることがわかり,それらをデイノコッカス・アエリウス(Deinococcus aerius),デイノコッカス・アエセリウス(Deinococcus aetherius)と命名した。次いで,JAXA(宇宙航空研究開発機構)の募集に応募して,2005年前後に大気球を用いた大気中微生物採集実験を行った。高度35kmまでの大気から主にバシルス属の菌(おそらく胞子)を数株採集した。
さらに高高度で微生物採集を行うのにはどうしたらよいか,10人ほどの研究者が集まって検討を開始した。2006年にJAXAの国際宇宙ステーション曝露部第二期利用公募に応募して,2007年に提案が採択された。提案は「有機物・微生物の宇宙曝露と宇宙塵・微生物の捕集(たんぽぽ)」である。この提案では,生命の起源以前に有機物が宇宙塵に含まれて地球に到達する可能性を検証することと,パンスペルミア仮説の検証を目的とした。パンスペルミア仮説とは微生物が惑星間を移動可能なのではないかという仮説である。
この宇宙実験では,放射線耐性菌デイノコッカス・ラジオデュランス(Deinococcus radiodurans)の細胞塊を3年間宇宙空間に曝露した。3年後地上に戻ったデイノコッカスの細胞を培養して,この菌が生きていることを確認した。3年間の生存率をもとに計算すると,紫外線があたる宇宙空間でも数年,紫外線を遮蔽すれば数十年,この菌は生存できると推定された。したがって,最短距離で火星と地球を移動する間(1年から数年),この菌の細胞の塊が生存する可能性がある(Kawaguchi ら2020)。もし初期の火星で生命が誕生したとすれば,我々の祖先は地球誕生初期に火星から来たのかも知れない。
今も火星に生命はいないだろうか。火星表面には,地球微生物であっても生存可能な場所があることが近年明らかになってきた。2009年より,火星での生命探査を目指した活動を開始した。火星に蛍光顕微鏡を載せた探査機を送るという計画だ。火星の土壌を採集してその場で蛍光色素染色し,蛍光顕微鏡撮像して,その画像を地球に送信するという計画である。私は2018年3月東京薬科大学を定年退職したが,現在も自動撮像装置開発グループのアドバイザーを続けている。
半世紀前,宇宙での実験など考えの及ばぬ事だった。いまでも,宇宙実験は簡単にはできない。惑星科学者,宇宙工学者,微生物学者,有機化学者の共同で初めて装置開発ができる。共同で一歩ずつ開発を続けていくことで,惑星での生命探査に近づいている。
民間の宇宙への進出も著しい。民間ベンチャー企業のロケット打ち上げや有人宇宙飛行が成功し,宇宙での滞在や観光が始まっている。近い将来,月や火星への旅行が実現すると期待されている。宇宙での医薬品開発も行われている。生命科学者にも,生命探査,宇宙医学,宇宙農業等への寄与が期待されている。
15世紀は大航海時代とよばれ,新大陸を目指した航海が行われた。20世紀後半には南極大陸の国際共同探査が行われた。21世紀,宇宙への大航海時代が始まっている。
(1/12 本連載は12回連続となります。)