名誉教授コラム

生きているとは:生きる仕組み(物理化学的に)

山岸 明彦
 

名誉教授コラム「生きていること(生物学的に)」では、生きていることを生物学的に解説した。今回のコラムでは生きる仕組みを物理化学的に解説する。生物の体と細胞は共役という仕組みで生きている。

生きているとは

生き物は自分の体を維持している。体を維持するためには、呼吸をして、食べ物を食べて、自分の体を更新して、壊れかかったところがあれば補修している。自分の体を維持できている間は「生きている」という状態である。

一つの細胞を見た場合にも、周囲から栄養素と酸素を取り込んで、細胞を維持している。細胞の状態を維持できている間は細胞が「生きている」という状態である(名誉教授コラム「生きているとは:生物学的に」)。

何で生きていられるのか:共役の仕組み

動物の体や細胞を維持するためには、体の外から栄養源と酸素を取り込み、これらを使って体と細胞を維持する反応を行っている。その他にも様々な動きや反応をおこなっている。

物理化学的に考えた場合に最も重要な点は、「これらの動きや反応は自然には進行しない」ということである。たとえば、筋肉が自然に動くことはない。水中でアミノ酸が自然に重合することはない。水中でDNAやRNAが自然に重合することもない。「え、生き物は皆、自然に生きているじゃ無いか」、と不思議に思うかも知れない。

ここで、「反応が自然に進行する」とは次の様な事を意味する。例えば紙は火をつければ酸素と反応して水と二酸化炭素になる。火をつければこの反応は自然に進行する。一方、水と二酸化炭素を密閉容器に入れておいても決して紙にならない。この反応は自然には進行しない。つまりあらゆる反応は、条件によって自然に進行する場合と進行しない場合がある。

しかし生物のからだでは、自然には進行しないはずの動きや反応が進行している。筋肉は動き、日々アミノ酸やDNA、RNAの重合が進行している。これらの反応は、自然には進行しない。それなのに、自然には進行しない動きや反応が生物の体の中では進行している。生物はどの様にこのような動きや反応を進行させているのか。それが共役という仕組みである。

共役とは、「自然には進行しない動きや反応を起こすために、自然に進行する反応を組み合わせる仕組み」のことをさす。生物はこの共役の仕組みで生きている (Voet, D. et al. 2017)。

生物の共役の仕組みは非常に複雑であるが、ひとことで言うと、ATP(アデノシン三リン酸)などの高エネルギー分子を作って、高エネルギー分子のエネルギーを利用して動きや反応を駆動するという仕組みである。(厳密には自由エネルギーという言葉が適切であるが、日常的に使うエネルギーという言葉とほぼ同義と理解して構わない)。生物は、高エネルギー分子を共役させることによって、自然には進行しない動きや反応を駆動している。

高エネルギー分子はどの様に作られるか

動物のエネルギー源は食物の中の糖や脂質、アミノ酸等の有機物である。これらのエネルギー源は、数十の酵素(触媒機能をもつタンパク質)によって段々と分解され、最後は酸素と反応して二酸化炭素と水になる。この過程は呼吸とよばれ、この過程は細胞の中で自然に進行する。その過程で高エネルギー分子(ATP等)が作られる(Voet, D. et al. 2017)。呼吸過程で、有機物と酸素の反応で得られるエネルギーが、高エネルギー分子に移動するわけである。つまり、高エネルギー分子は呼吸によって作られる。

ここで、呼吸という言葉は一般には動物が息を吸って吐く動作を表すが、生物学では細胞内での有機物と酸素との反応も呼吸と呼んでいる。

高エネルギー分子を作るしくみは様々

高エネルギー分子(ATP等)を作る仕組みは呼吸の他にもいくつかあり、生物の種類によって異なっている(上の図)。動物や多くの微生物は従属栄養、従属栄養の中でも上述の呼吸という仕組みを利用している。呼吸をする生物は有機物を取り込み、酸素と反応させて高エネルギー分子を作っている。

従属栄養の生物でも、酸素無しで有機物だけから高エネルギー分子を作れる場合もある。例えば、酵母などは酸素が無い条件で有機物(糖)を分解してアルコールにする。この過程で高エネルギー分子を作ることができる。こうした高エネルギー分子の製造法は発酵と呼ばれる。発酵でのエネルギー生産過程でできる廃棄物、アルコールや乳酸などを人は利用する。

有機物無しで、無機物だけから高エネルギー分子を作ることができる生物もいる。これらは化学合成生物(化学合成細菌、化学合成古細菌)と呼ばれる。化学合成生物は、還元型化合物(例えば水素、硫黄や還元型の鉄等)と酸化型化合物(硫酸イオン、硝酸イオン、二酸化炭素や酸素等)との組み合わせによって高エネルギー分子を作ることができる。

さらに、光エネルギーを利用して高エネルギー分子を作る生物もいる。これらは光合成生物で、植物が光合成生物の代表であるが、その他に多種の光合成細菌がいる。化学合成と光合成を合わせて、独立栄養と呼ぶ。

ただし、熱エネルギーを直接利用する生物は知られていない。

低エントロピーも高エネルギー分子によって維持される

生物の体の構造や分子構造などは、そのエントロピー(乱雑さ)の低い状態が維持される必要がある(シュレディンガー1951)。エントロピーの低い状態を保つためにも、上述の高エネルギー分子が細胞内で使われている。高エネルギー分子と共役することによって低エントロピーの状態、体の構造と分子が維持されている(シュレディンガー1951、p. 130第6章への注)。

つまり、細胞と体の低エントロピーを維持し、細胞と体を維持する為には、高エネルギー分子と共役した仕組みが使われている。生物の体と細胞は共役という仕組みで生きている。

参考文献

シュレディンガー, E.(1951)生命とは何か. 岡小天、鎮目恭夫 訳. 岩波新書.

Voet, D. et al. (2017) ヴォート基礎生化学 第5版. 田宮信雄 他訳, 東京化学同人.

投稿日:2025年12月04日
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