CERT02がん・免疫

一人ひとりに最適な
テーラーメード免疫抑制療法

リンパ球の薬物感受性から一人ひとりに合った薬を導き出す

体のつくりや体質が一人ひとり違うように、病気のかかりやすさや薬の効き方にも個人差がある。近年、従来の画一的な投薬や治療ではなく、個人差を考慮し、それぞれにとってより効果が高く、かつ副作用の少ない薬や治療を提供する「テーラーメード医療(個別医療)」の重要性が論じられるようになっている。

平野俊彦教授は、このテーラーメード医療に早くから着目し、30年以上にわたって研究を続けてきた。「特に私がターゲットとする自己免疫疾患や臓器移植患者の治療に広く用いられている免疫抑制薬は、他の薬物と比べて薬効に極めて大きな個人差があります。こうした病気で薬の効果が得られないと、死に直結することも少なくありません」と平野教授は個人に適した薬の必要性を説く。

数ある免疫抑制薬の中から患者にとって最適な薬や投与量を調べるための指標とするのが、免疫系細胞であるリンパ球の薬物感受性だ。東京医科大学の5つの診療科と共同研究で、実際に患者から採取した末梢血リンパ球を種々の免疫抑制薬存在下に培養して応答性を調べ、その結果に基づいて最適な薬物や投与量を選択する試みを続けている。これまでに腎臓移植患者の他、関節リウマチ患者、乾癬患者、気管支ぜんそく患者、ネフローゼ患者、潰瘍性大腸炎患者、重症筋無力症患者などでその効果を実証してきた。

既存薬の中から10倍の効果を発揮するステロイド薬を見出す

薬を投与するにあたって個人差を考慮することがいかに重要か、平野教授は、副腎皮質ステロイドホルモン(ステロイド薬)の効果を検証した研究で示している。「ステロイド薬として臨床現場で多く使われているプレドニゾロンの免疫抑制効果は、患者によって1000倍以上も差があることを突き止めました」と平野教授。つまり患者によってはプレドニゾロンの血中濃度がわずか1ng/mLで有意な免疫抑制効果が得られる一方で、血中濃度1000ng/mLでも効果が得られない患者がいるということだ。

「ステロイド薬は、炎症や感染症を鎮めたり、臓器移植による拒絶反応を抑えたり、自己免疫疾患の病態を緩和する働きがあり、幅広い疾患に使われています。劇的な効果を発揮する反面、副作用が強いことでも知られています。薬効に対する個人差は、すなわち副作用の問題にもつながってしまいます」と平野教授は説明する。

また、腎移植患者の末梢血リンパ球のプレドニゾロンに対する感受性の高さと、腎移植後の急性拒絶反応の発症率や移植腎生着率との間に有意な関係があることを実証。テーラーメード免疫抑制療法を行うにあたって、ステロイド感受性試験が有効であることを確かめている。

さらにさまざまなステロイド薬の効果を検討する中で、現在臨床現場で多用されているプレドニゾロンよりもはるかにリンパ球抑制効果の高いメチルプレドニゾロンという薬を見出したことも、意義深い成果の一つだ。「腎移植を必要とする慢性腎不全の患者約130名から採取したリンパ球を用い、その効果を比較した結果、メチルプレドニゾロンにはプレドニゾロンの10倍以上の末梢血単核細胞抑制効果が認められました」と平野教授。加えて過去にさかのぼって患者の病態を調べ、メチルプレドニゾロンを投与した患者群の方が、移植腎生着率が高いことも明らかにした。

この研究結果に基づき、東京医科大学八王子医療センターで腎移植に使われるステロイド剤はすべてメチルプレドニゾロンに変更され、今日まで移植におけるステロイド薬物療法に大きく貢献している。「こうした研究から、患者一人ひとりの免疫細胞の薬物応答性を知ることは、治療の成否にとって極めて重要であることがわかります」と力を込める。

免疫細胞の薬物耐性機序を解明し
テーラーメード薬物療法に生かす

さらに平野教授は、末梢血リンパ球が免疫抑制薬に応答せず、薬の効かない患者にも着目する。なぜ薬が効かないのか、患者の免疫細胞の分子背景を解明することで、テーラーメード薬物療法による治療が可能になるかもしれないというのだ。

「免疫抑制薬が効かない原因の一つとして考えられるのが、末梢血T細胞の異常が関わっている可能性です」と平野教授。さまざまな免疫細胞の中でも、免疫系の司令塔として免疫反応を統率する役割を担っているのが、T細胞だ。さらにT細胞の中には、免疫反応の活性化を促すエフェクターT細胞と、逆に過剰な免疫反応を抑制する制御性T細胞がある。このアクセルとブレーキがバランスを保つことでうまく免疫機能が働き、健康を維持できるが、アクセルが強すぎてブレーキがきかなくなると、免疫細胞が過剰に活性して自らの身体を攻撃し、自己免疫疾患を引き起こす。一方ブレーキがききすぎて免疫機能が弱まると、感染症や悪性腫瘍が発生してしまう。「患者のリンパ球においてアクセルの役割を果たすT細胞とブレーキ役の制御性T細胞の割合を調べれば、どちらのT細胞を活性化させればいいか、治療方針を立てられます。こうしたT細胞サブセットに特異的な薬物の研究も併せて行っています」と平野教授。また、末梢血T細胞だけでなく、薬物受容体やその遺伝子の発現状況なども、分子レベル、遺伝子レベルで検討し、免疫抑制薬耐性機序の解明を進める。いずれテーラーメード免疫抑制薬物治療法が保険適用され、だれもが自分にとって最適な医療を受けられるようになることを目指し、平野教授の研究は続く。

投稿日:2022年01月27日
  • Home
  • 研究活動
  • 一人ひとりに最適なテーラーメード免疫抑制療法