研究費申請書をどう書いたら良いのだろうか。何冊も関連した本が出ている。ここでは元審査員の一人が申請書を読んでどの様に感じたか、そのつぶやきを紹介する。審査員によって異なった感じ方をするだろうし、研究費の種類によって記載内容が異なる場合もある。あくまで一人の元審査員のつぶやきである。
研究費の目的
研究費申請の目的は、研究費あるいは研究機会を得るためである。一方、研究費を配分する目的は、我が国および世界での研究を発展させて人類のもつ知識を増やすことにある。したがって「この研究をやりたい」と書かれても困る。どうぞ、自分のやりたい研究はご自身の資金でやって下さい。研究費配分を受けるためには、応募する研究提案によって人類の知識を増やすことができると分かる様に書く必要がある。
研究の背景
研究の背景には、これまで世の中で何が分かっているかを書く必要がある。分かっていることを端的に正確に書いていないと、知っていることだけを適当に書いた苦し紛れの答案を読んでいる気分になる。
「こういう研究が行われている」。それでその研究ではどんなことが行なわれたのだろう?「この測定が行われた」。それでその結果は?「こういう結果が得られた」。その意味は?「こういう可能性が高くなった」。これまで行われた研究はこれだけ?もっと有るだろう。「誰々らのこういう結果は何々が何々であることを示唆している(引用文献)。一方で誰々のこういう結果から考えるとこういう可能性も有る(引用文献)。さらにこういう結果からこの可能性も誰々らによって指摘されている(引用文献)」。そうそう、これがこれまでの研究のまとめというものだ。その分野の論文はすべて読んで理解している必要がある。
研究目的
研究目的にはその時点ではまだ分かってないことを書くことになる。 しかし、研究目的に「何々が分かっていない」「何々が行われていない」と書かれても困る。なぜなら、分かっていない事、行われていない事は世の中にたくさんあるからである。分かっていない、行われていない事がたくさんあるなかで、なんで、今それを明らかにする必要があるのかを書いて欲しい。
研究目標
「そこでこれを研究する」。「研究する」は目標とはいえない。「これを明らかにする」。まだ目標になっていない。「仮説アが正しいかどうかを研究終了までに検証する」。これは目標になる。研究期間内に何をどこまで明らかにするかを書く必要がある。
目標は、仮説検証で無くても良い。「何々であるかどうかを確認する」や「何々を何々の感度で測定する」でも良いかもしれない。研究の科学目標、と観測(観察、測定)目標と2段階で書く方法もある。意外と小さい一歩で構わない。一歩ずつ着実に進むので良い。ただし、その一歩が到達できたかどうかはっきりわかる表現でないといけない。
研究方法は適切か
「そのためにこの実験をやる」。いきなり結論に跳ばないで欲しい。「そのどの可能性が正しいのかを確かめるために、この実験を行う」。まだ議論が跳んでいる。「どの可能性が正しいのかを確かめるために、方法A、方法B、方法Cがある」。まずは、これで良い。これらの方法はどんな方法で、良いところと悪いところは何だろう?「方法Aはこういう長所があるがこの点は分からない、方法Bではこれが分かるがこの分析能は低い、方法Cは両方の情報を得ることができる」。それで、どの方法が良いのだろう?「したがって方法Cが、仮説アと仮説イ、仮説ウを検証するために最適である」。なるほど、そうだね。
研究実施の能力
ところで、この研究を実施できるのだろうか?「これまで、我々の研究室では何々の研究を行ってきた(引用文献)」。行ってきただけでは、できるかどうかが分からない。「その結果、方法Cで何々の分析に成功している(引用文献)(実験結果の図)」。実験結果の図か表があると信頼度が高くなる。よしわかった、できそうだね。予備実験は当然行われていないと困る。
研究目標を達成できるか
「方法Cで用いた測定の精度を上げることで、仮説検証できるはずである」。それで、精度をどう上げるのだろうか?「精度を上げるためには、試料の量を増やす方法、試料分析回数を増やす方法、分光光度計の精度を上げる方法がある」。それで、どの方法が良いのだろうか?「今回の試料の入手が困難であることを考えると、前二者は採用が難しく、高い精度の分光光度計(品名)を購入する必要がある」。うんそうだね、高い精度の分光光度計が必要だね。
ところで高い精度ってどれくらいだろうか?「この分光光度計の精度は0.002で、分析対象としている分子1µMの濃度変化を検出可能である」。それでこれは、充分な精度なのだろうか?「1µMの濃度変化を検出することによって、仮説アと仮説イ、仮説ウのどれが正しいかを判定可能である」。よし、わかった。目標を達成できそうだね。あとは実験をやるだけだね。頑張ってくれたまえ。