臨機応変に血液細胞を生み出す2つの経路の存在を発見
ヒトの身体は、数十兆に及ぶ細胞から成り立っている。細胞にはそれぞれ寿命があり、絶えず死と再生を繰り返すことで、組織を維持している。それを可能にしているのが、組織幹細胞だ。組織幹細胞は、多分化能と自己複製能を備え、生涯にわたって適切な細胞を身体に供給し続けることで、生命を支えている。
平位秀世教授は、組織幹細胞の中でも骨髄に存在し、赤血球や白血球、血小板などすべての血液細胞を生み出す造血幹細胞に関心を持って研究している。特に焦点を当てているのが、造血幹細胞が好中球や単球を生み出す仕組みであり、このプロセスは骨髄球系造血と呼ばれる。
「好中球や単球は、いずれも生体防御に関わる戦闘員のような細胞です。骨髄球系造血では、常時一定して細胞を生み出しているのではなく、生体の状況変化に応じ、調節しながら適切な種類と数の細胞を供給しています。これらの細胞の産生量が少ないと、日々さらされている感染リスクに対応できず、多すぎてもかえって病気の原因になります。この調節のメカニズムを解き明かすことが、病気の理解や治療法の開発につながります」と語る。
造血幹細胞が臨機応変に血液細胞を供給する機構を解き明かすため、平位教授が着目したのが、C/EBPという転写因子ファミリーだ。この遺伝子群の研究から、骨髄球系造血による好中球と単球の産生には、二つの経路があることを突き止めた。
「C/EBPαという遺伝子のノックアウト(KO)マウスは、定常状態で好中球が欠損していることがわかっています」。これは好中球の産生にC/EBPαが必須であることを示している。ところが平位教授らは、C/EBPαKOマウスに感染などで生じるサイトカイン刺激を与えると、好中球が産生されることを発見した。C/EBPαを持っていないのに、なぜ好中球が産生されるのか。平位教授らは、サイトカイン刺激を与えたC/EBPαKOマウスの骨髄細胞を調べ、そこに同じファミリーの転写因子C/EBPβの重要な役割を見出した。
そこで今度は、C/EBPβのKOマウスの定常状態の骨髄細胞を分析したところ、滞りなく好中球が産生していることが認められた。「この結果から、定常状態では、転写因子C/EBPαが好中球を一定レベルに維持するような産生に関与し、感染や傷害といったストレス存在下ではC/EBPβが重要な役割を果たしていることが推察されます」と言う。サイトカイン刺激や病原菌感染に反応し、好中球の需要が増大した際には、それに応えるためにC/EBPβへの依存度が高くなる。もし何らかの原因でC/EBPαが欠損しても、うまく刺激すれば生体防御システムが機能する仕組みになっているのだ。
平位教授らの発見は、実際の疾患の治療にも説得力を与えている。好中球造血が障害を受けている疾患に、重症先天性好中球減少症(SCN)がある。原因遺伝子は多数あるが、そのいずれもが好中球減少という共通の病態をもたらすという。「SCNでは、C/EBPαの発現が著しく低下していることがわかっています。ところがG-CSF製剤を投与すると、ほとんどの症例で好中球の増加が認められます。SCNでは、C/EBPαはないけれど、我々が発見したC/EBPβの経路が温存されており、G-CSFはそこに作用して好中球を増加させていることが示されています」
C/EBP転写因子の制御が血液系疾患の治療につながる
骨髄球系造血は、生体を守る細胞を供出する一方で、白血病など血液系疾患の発生母地でもある。C/EBP転写因子ファミリーは、こうした疾患の病態や治療においても重要なファクターになるという。平位教授によると、急性骨髄性白血病の腫瘍細胞内には、C/EBPαの発現や機能を阻害する遺伝子や、C/EBPαの分解を促進する遺伝子が存在することが明らかになっている。それに加えて、C/EBPα自体の遺伝子変異も、白血病をもたらすことが判明している。一方慢性骨髄性白血病など骨髄増殖性腫瘍と呼ばれる疾患群には、C/EBPβが関与することもわかってきた。
さらに近年、炎症などのストレスに長期間さらされることが、骨髄球系造血に不可逆的な変化をもたらし、血液系疾患だけでなく、動脈硬化症疾患、代謝異常、がんなどさまざまな疾患のリスクとなることがわかってきた。「血液以外の疾患にも、C/EBP転写因子ファミリーが関わっている可能性があります。それを制御できれば、加齢に伴って増加する多様な病気の治療法の開発につながるのではないかと考えています」と展望する。
これまでにない機能を持つ新規単球を発見
2020年、造血幹細胞の研究の中で平位教授らは、これまでに知られていない新しい単球(CD135+単球)を発見し、驚きを与えた。
造血幹細胞と成熟した細胞の間には多様な中間段階が存在していることが予想されている。平位教授らがフローサイトメーターでマウスの骨髄細胞を解析した結果、従来から知られている単球とは異なる細胞集団が存在することを発見した。RNA-sequencing解析を行ったところ、CD135+単球は、樹状細胞と単球の中間細胞のような表現型であることがわかったという。
調べたところ、樹状細胞分化に必須のサイトカインであるFlt3リガンドのKOマウスでは、CD135+単球が著しく減少していた。このことは、従来の単球とは異なる分化経路で産生されていることを示唆している。「機能的にも単球の貪食作用と樹状細胞の抗原提示機能の両方の能力を併せ持つことが明らかになりました。他にも従来の単球とは異次元の機能を持つという証拠をつかみつつあり、現在、新たな機能を追及しています」と平位教授。病態解明や疾患の治療法の創出に向け、新規CD135+単球の機能解明が待たれる。