名誉教授コラム

宇宙のはじまり:宇宙は「無」からはじまった

山岸明彦
 右図:宇宙は「無」から量子的な効果により生まれた(ミクロな宇宙)。ミクロな宇宙は、急激な指数関数的膨張(インフレーション)によってマクロな宇宙となった。急激な膨張が終わる頃(相転移の終了)、真空のエネルギーは解放されて宇宙は火の玉宇宙となり膨張した(ビッグバン)。誕生初期の宇宙は光が自由に透過できないが、38万年後、宇宙は光を通すようになった(宇宙の晴れ上がり)。その後、宇宙が膨張冷却する過程で銀河や銀河団が成長した。(佐藤と二間瀬編 p.17図1.5と、岡村ら編 p.53 図2.2を元に作成)。

ビッグバンの前があった

現在の宇宙は広がり続けている。過去へさかのぼると、宇宙は火の玉宇宙で、そこから宇宙が膨張した。この火の玉宇宙からの宇宙の膨張はビッグバンと呼ばれている。バン(bang)はドンとたたく音のことで爆発を意味し、ビッグバンは大爆発、つまり宇宙の爆発的膨張のことを意味している。


ビッグバンのさらに前に、宇宙がどのように誕生したかが分かりつつある。その様子は日常の感覚とはだいぶ異なっていて理解は難しいが、本稿では一般向けに宇宙のはじまりを解説する。

ビッグバン理論の問題点

ビッグバン理論にはいくつかの問題点があった。第一は、きわめて原理的な問題で、宇宙がなぜ火の玉として始まったのかという問題である(佐藤と二間瀬編 p.11)。第二は、宇宙がなぜ一様なのかという問題である。宇宙が一様になるには宇宙の各領域が相互作用する必要があるが、相互作用は光速を越えることができない。ところが、方向によらず宇宙の温度と密度が極めて一様であることが観測された。それ以前に相互作用できなかったはずの宇宙がなぜ一様なのか、これが宇宙の一様性の問題である(佐藤 p.11-12)。

インフレーション理論の提唱:真空にエネルギーがあった

ビッグバンの問題点を解決し、ビッグバンの前、宇宙誕生時に何が起きたかを説明するのが、宇宙の「インフレーション理論」である。1980年頃、佐藤勝彦や、グース (A.H. Guth) は、真空にエネルギーがあり、真空のエネルギーが及ぼす斥力によって宇宙が指数関数的に急膨張することを、それぞれ独立に示した。これがインフレーション理論と呼ばれる様になった。(佐藤と二間瀬編 p.14)。
真空というのは何も無い空間の事であるが、インフレーション理論では、宇宙の初期には真空がエネルギーを持っていたと考えている。

宇宙は「無」からはじまった

ビレンキン(A. Vilenkin)によれば、宇宙は「無」の状態から誕生した。「無」の状態とは宇宙の大きさがゼロの時を意味している。真空はエネルギーを持つが、その密度は体積に係わらず有限(無限ではない値)である。したがって、「無」の状態では宇宙の体積がゼロなので宇宙の全エネルギーもゼロであった(佐藤 p.15)。


この「無」の状態は時空の体積ゼロ、したがってエネルギーもゼロの状態であるが、量子的ゆらぎは存在した。極めて小さい粒子は量子力学的にふるまい、量子的ゆらぎを持っている。体積ゼロの時空(誕生前の宇宙)も極めて小さいので量子力学的にふるまい、量子的ゆらぎがあった。量子的ゆらぎがある値を超えると、時空は膨張を開始した(宇宙時間5 x 10-44秒頃、岡村ら編 p. 61)。これが「無」からの宇宙の誕生である(佐藤 p.15)。

宇宙は急膨張した

誕生したミクロの宇宙(10−33cm程度)は原子核(10-13~10-12cm程度)よりもはるかに小さく、そこから宇宙は膨張を始めた(岡村ら編 p.55)。宇宙の初期には、真空はエネルギーを持っていたが、この真空のエネルギーは斥力として作用した。宇宙が膨張して体積が増加すると真空のエネルギーが増加し、増加した真空のエネルギーの斥力によって宇宙膨張が加速する。その結果、宇宙は指数関数的に何百桁と膨張した(マクロな宇宙)。これが宇宙のインフレーションである (佐藤 p. 12)。

宇宙は相転移した

この指数関数的膨張(インフレーション)がずっと続いたわけではない。膨張した宇宙は相転移を起こした。ここで、相転移というのは安定な状態が変わることを意味する。例えば温度が下がると蒸気(気体)は相転移して、低温で安定な液体の水になる。宇宙の相転移というのは、宇宙の安定な状態が変わることを意味する。


物理学では、4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力:後者二つは素粒子に働く力)が知られている。宇宙創生時にはこれらの力は統合されていて、統一された一種類の力だけが存在していた。宇宙は膨張とともに相転移して、統一された一種類の力から4つの力が順次、進化誕生したと推測されている(佐藤 p. 12)。


蒸気は潜熱をもっているので、蒸気が相転移して水に変わる時、潜熱が凝縮熱として放出される。同様に宇宙の相転移に伴って、それまでに何百桁と増大した真空のエネルギー(潜熱)は熱エネルギーとして放出された。宇宙はこの熱エネルギーによって火の玉となりビッグバンが始まった(岡村ら編 p.59)。

インフレーション理論で説明されること

インフレーション理論により宇宙膨張とビッグバンの原因を説明することができる。まず、体積ゼロの「無」の宇宙から真空のエネルギーに働く斥力によって宇宙の膨張が引き起こされた(岡村ら編 p.60)。その真空のエネルギーが熱にかわってビッグバンが始まった。つまり、ビッグバンの熱エネルギーは、膨張した宇宙の真空のエネルギーに由来している(佐藤 p. 13)。


宇宙の一様性も、インフレーション理論で説明できる。光などの情報伝搬は光速を超えることができないが、宇宙の膨張は空間そのものの膨張なので光速を超えることができる(佐藤 p. 14)。超光速で急膨張する前の宇宙空間は相互作用できたのでその時に一様になった、と宇宙の一様性が説明できる(佐藤と二間瀬編 p.187)。

しかし宇宙のはじまりに関して問題は残されており、実験や観測、理論研究が進んでいる(参考文献およびhttps://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/f_00066.html)。

参考文献
佐藤勝彦. 宇宙の起源と物質の起源. 山岸明彦編 アストロバイオロジー. 化学同人(2013)
岡村定矩 他編. 人類の住む宇宙(第2版)シリーズ現代の天文学Kindle版 (2017)
佐藤勝彦、二間瀬敏史 編. 宇宙論I:宇宙のはじまり(第2版補訂版)シリーズ現代の天文学 Kindle版 (2021)

投稿日:2024年10月01日
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