植物・天然物

キャンパスに自生する
絶滅危惧種の生き延びる
知恵を探る

キャンパスに自生する希少種タマノカンアオイを研究

コナラ、ヤマザクラなどの落葉樹林が豊かに生い茂る東京薬科大学八王子キャンパス。四季折々で多様な植物が繁茂し、その中にはウマノスズクサ科タマノカンアオイのような希少な植物もある。「タマノカンアオイは、本学のある多摩丘陵周辺にしか自生していない固有種です。種子散布能力が弱く広く分布できない上に、1970年代以降、住宅造成などで生育地が奪われたために個体数が減少し、現在は絶滅危惧Ⅱ類に指定されています」と野口 航教授は説明する。

教授によると、タマノカンアオイは落葉樹の林床に自生し、年中緑の葉をつける常緑草本に分類される。葉の寿命は1年間と草本類の中では長い。「多くの植物は、気温が高く日差しが強い春から夏にかけて活発に光合成します。ところがタマノカンアオイが生える林床には、夏は落葉樹に遮られて太陽の光があまり届かず、反対に樹木が葉を落とす冬に強い陽光が降り注ぎます。気温が低く光合成が抑制される冬に過剰な光エネルギーを受けると、有害な活性酸素を生じやすくなります。そうした過酷な環境で、タマノカンアオイはどうやって葉の寿命を長く保っているのか、それが疑問でした」と語る。

厳しい環境を生き抜くための光合成の特徴を解明

その謎を突き止めるため、野口教授はキャンパス内のタマノカンアオイの自生地に、光のよく当たる場所(sun)と光の当たりにくい場所(shade)を設定し、それぞれにタマノカンアオイの鉢植えを置いて、光の強度や気温、光合成の季節変化を測定し、葉のタンパク質や色素を分析した。「その結果、モデル植物を使ったこれまでの実験では得られなかった新しいことがわかってきました」と言う。

一つには、タマノカンアオイの葉の光合成能力が気温の低い冬に高くなることだ。「4月に生えた葉の光合成能力を1年間追いかけた結果、sun、shadeのいずれの条件でも夏はCO₂吸収速度(光合成速度)が低く、秋から冬にかけて高くなりました。これには夏と冬の光の強さの差が関係していると考えられます。またエネルギー変換に関わる電子伝達速度にも同様の傾向がみられました」。

次に野口教授は、冬に過剰な光エネルギーを受け取った葉がそれをどうやって処理しているのかを詳らかにした。

植物は、CO₂固定に使いきれなかった光エネルギーを熱に変換して排出するNPQ(Non-photochemical quenching)という仕組みを備えている。それに着目した野口教授がタマノカンアオイの葉のNPQを調べたところ、秋から冬にかけて増加していることがわかった。「つまりタマノカンアオイは、NPQという自前の仕組みをうまく利用して過剰な光エネルギーを熱に変え、活性酸素が増えることから自らの葉を保護していたのです」。さらに野口教授は、葉の中でNPQの誘導に関わる物質としてPsbSというタンパク質が秋から冬にかけて増加していることを確かめた。

次に調べたのが、タマノカンアオイの葉に含まれる色素の量は季節によって変化するのかということだ。野口教授によると、林床の植物と日の当たるところで育つ作物の葉のカロテノイド(色素)量を調べた先行研究で、sun条件下にある作物の葉にはβカロテンが多く、林床のshade下に生育する植物種の葉にはαカロテンが多く含まれていることがわかっており、αカロテンが光捕集に働く可能性が示されている。だがこれらのカロテノイド量は常に一定なのか、それとも季節によって変化するのかは不明だった。

野口教授は、タマノカンアオイのカロテノイド量を詳細に調べ、夏に多いαカロテン、ビオラキサンチンが秋から冬に少なくなり、代わりに夏には少なかったβカロテン、ゼアキサンチン、ルテイン、アンテラキサンチンといった色素が冬に増えることを突き止めた。「この結果から、ビオラキサンチンやαカロテンは光捕集に、βカロテン、ルテイン、ゼアキサンチン、アンテラキサンチンは光散逸に関係していると考えられます」。つまり光捕集に関与するαカロテンなどが夏から冬に減少し、代わりに過剰な光エネルギーの散逸に関与するβカロテンなどが低温で強光が当たる冬に蓄積される。葉の光合成色素が光の強さが異なる季節によってダイナミックに変化することが明らかになった。

タマノカンアオイ研究の知見を薬用植物栽培に役立てる

「他の常緑草本でも同じ変化が見られるか確かめたい」として野口教授は、タマノカンアオイと似た生活史を持つキンポウゲ科オウレンでも検証しようとしている。オウレンは薬用植物として生薬に利用される。「今後の研究が薬用植物の効率的な栽培法の開発にも役立つはずです」と期待する。

その他にもタマノカンアオイには、厳しい環境下で生き抜く知恵が備わっている。地面に近いところに葉をつけることもその一つだ。「これには土壌中の微生物が呼吸によって地表に出すCO₂を捉えて光合成に生かせる利点があります。実際タマノカンアオイの葉の下側のCO₂濃度を測定すると、多いところでは地面から離れた場所より1.5倍も高くなりました」。野口教授はCO₂濃度が高いほど光合成速度が速くなることも明らかにしている。

「今後はタマノカンアオイの分布別の遺伝的な違いについても研究したい」とさらなる展望を語った。

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