植物・天然物

微細藻類から
バイオディーゼル
燃料
を作る

温室効果ガス削減に役立つバイオディーゼル燃料に注目

地球温暖化に歯止めをかけるため、世界中で温室効果ガスの削減が求められている中、方策の一つとして化石燃料から再生可能エネルギーへの転換が急がれている。その一つと目されているのが、バイオディーゼル燃料(Biodiesel fuels, BDF)だ。

植物の油脂の主成分であるトリアシルグリセロール(TG)をメチルエステル化すると脂肪酸メチルエステルが合成される。これがBDFだ。植物は、光合成でCO₂を固定してTGを合成するため、植物油由来のBDFは再生可能で、しかもカーボンニュートラルといえる。「しかし現状のBDFには問題点があります」と佐藤典裕准教授は指摘する。一つには、食糧生産と競合すること。BDFは主にダイズやパーム、ナタネといった作物の種子の油脂から作られており、その大部分は食用に使われている。BDF生産を増やすと、やがては食用油の不足を招く可能性が出てくる。二つ目には、パームなどを栽培するために広大な熱帯雨林が開墾され、BDF生産がかえって地球環境を破壊する事態に陥っていることだ。

こうした作物由来のBDFの問題の解決のために佐藤准教授が注目するのが、微細藻類である。「藻類は不毛な土地でも施設で培養でき、自然を破壊しません。食用ではないため食糧生産と競合する心配もない。何より作物の何倍も生産速度が速く、環境によって大量の油を蓄積する能力を持っているという強みがあります」と言う。とはいえ、藻類のバイオ燃料を産業化するにはまだ障壁がある。一番の難題は、TG生産にコストがかさむことだ。佐藤准教授はTG生産の費用対効果を高めるため、淡水性の油性緑藻(Chlorella kessleri クロレラ)を対象にTG蓄積能を強化する方法を探っている。

環境ストレスを与え、TG蓄積能の大幅な強化に成功

「藻類はさまざまな環境ストレスで細胞内にTGを蓄積することがわかっています」。そう語る佐藤准教授はクロレラのTG蓄積能を超高度に誘導するストレス条件を探索。これまでの研究で、異なる環境ストレスを組み合わせてクロレラ細胞に負荷すると、TG蓄積能が大幅に強化されることを見出している。

「淡水性のクロレラ細胞を海水の培地で育てることで、高浸透圧と栄養欠乏の2種類のストレスに曝すと、両方のストレスが相乗効果をもたらし、TG蓄積能がいっそう向上することを確かめました。さらにこの海水ストレスに低温と強い光を加えた四重ストレスをクロレラ細胞に与えたところ、わずか3日で細胞乾燥重量の49%に達するTGの蓄積に成功しました」。これは藻類のTG蓄積能として世界最高レベルだという。淡水の代わりに海水を利用できれば、水資源の保全にもつながる。

次いで佐藤准教授は、高浸透圧と栄養欠乏の混合ストレスがクロレラのTG蓄積能を強化するメカニズムを解明するため、代謝への影響を調べた。「混合ストレス下では、TG合成が促進されるのに対して、タンパク質やデンプンの蓄積が抑制されていました。さらに、これらの炭素代謝調節に対応した、関連する酵素遺伝子の発現レベルの上昇が見て取れました。つまり、光合成で生じたエネルギーや固定炭素が主要炭素代謝のうち、TG合成に優先的に流れていく代謝調節の仕組みが理解できました」。またTGの蓄積には多量のエネルギーを必要とする。混合ストレス下でTGを高度に蓄積することは、光合成で生じるエネルギーを消費し、有毒な活性酸素の発生を防ぐ効果もある。これもストレス下で細胞が生き抜く重要なストラテジーなのだという。

種々の環境ストレスの混合下、クロレラは細胞内に脂肪滴を蓄積する。通常の顕微鏡観察[左]と、蛍光顕微鏡観察(脂肪滴を⻩色に染色)[右]。

ヒ素汚染水を浄化する付加価値創出で産業化を目指す

クロレラのストレス細胞から抽出した全脂質は、その大半がTGで占められる。少量だが光合成色素のクロロフィルも含むため、緑色を呈する。

TG生産の費用対効果を高めるため、佐藤准教授はTG生産と同時に別の付加価値を創出することも考えている。ヒ素(As)汚染水の浄化もその一つだ。クロレラはヒ素耐性が極めて高く、ヒ酸添加条件下で培養すると、TGを大量に蓄積するとともにAsを吸収する。この作用をAs汚染水の浄化に役立てようというわけだ。すでにAsストレス下のクロレラ細胞についてTGやAsの蓄積を支える代謝調節のメカニズムも解き明かしている。

「それに加えて、興味深い適応応答を見出しました」と続けた佐藤准教授。クロレラ細胞がAsストレス下で、リン(P)欠乏様応答を示したというのだ。これまでの研究で佐藤准教授は、リン欠乏ストレスに曝された時のクロレラのユニークな適応を発見している。「リンが十分存在するところでは、クロレラの生体膜には多くのリン脂質が存在しています。ところがリン欠乏ストレス下では、生体膜でリンを含まないベタイン脂質が新たに合成され、リン脂質とほぼ完全に置き換わることを突き止めました」。この脂質リモデリングが、Asストレス下でも観察されたという。ヒ酸はリン酸の類似体で、リン酸の代謝経路はリン酸とヒ酸を区別できないため、ヒ酸を添加するとリン酸代謝が競合阻害され、リン欠乏状態に陥ったのだと考えられる。これもまたAsストレスを耐え抜くクロレラの適応ストラテジーというわけだ。

今後はこうした研究で得た知見をもとに、TG蓄積能やストレス耐性能の強化につながるような遺伝子を探索していく。最終目標は微細藻類を用いたBDFの産業化。実現すれば、地球温暖化防止の強力な一手になる。