CERT08有機化学

強力な生物活性を持つ
海洋天然物の全合成に挑む。

海洋生物由来の天然物の生物活性を創薬研究に活用する

過酷な環境下で複雑な進化を遂げてきた海洋生物は、その生体内で陸上生物とは異なる多様な代謝物を生み出している。そうした海洋生物が産生した海洋天然物は、化学構造がユニークで、強力な生物活性を示すものが多く、創薬シーズとして活用が期待されている。しかしこれまで人類が利用してきた天然の有機化合物のほとんどが陸上生物由来で、海洋天然物の活用が進んでいるとはいえない。海洋生物由来の化合物は、含有量が少ないものが多い上に、簡単には採取できない場所に生息していたり、自然環境保全の観点から大量に確保することが難しいことも理由にある。

宮岡宏明教授は、そうした海洋天然物を創薬研究などに供給することを目指し、全合成研究に取り組んでいる。その一つとして、世界で初めてカリヒノールA(Kalihinol A)の全合成を達成した。

世界初・海綿の含有成分カリヒノールAの全合成に成功

「私たちは沖縄県石垣島近海のサンゴ礁に生息する海綿Acanthella sp.から得たカリヒノールAという化合物が、非常に強力な抗マラリア活性を持つことを発見しました」と宮岡教授は、研究の発端を語る。

マラリアは、世界三大感染症の一つといわれ、亜熱帯・熱帯地域を中心に世界100カ国以上で流行している。患者は全世界で年間3億人から5億人にのぼるとも報告されており、現在でも多くの人が苦しめられている深刻な感染症である。「それに加えて、地球温暖化によって、マラリア原虫を媒介する蚊の生息域が広がることが懸念されている上に、クロロキンなど既存の治療薬に耐性を持つマラリアも出現しており、新たな治療薬の開発が急がれています」と言う。そこで宮岡教授らは、マラリアの新規治療薬の創成に寄与するべく、カリヒノールAの全合成に取り組んだ。

カリヒノールAは、複数の六員環を有する複雑な構造を持っている。「主骨格の構築においては、まずヨードエーテル化によって、炭素5個と酸素1個からなるテトラヒドロピラン環を形成し、さらにDiels-Alder反応をキー反応として、中央に二つの水素を挟んで六員環が連なるシス-デカリン環を一気に形成しました」と宮岡教授。Diels-Alder反応は、共役ジエンとアルケンからシクロヘキセン誘導体を与える反応で、多環化合物を1工程で形成することができる。「ただこの反応では、シス体しか合成できないため、異性体を得るところが難所でした。さらに最終局面で、二つのイソシアノ基を導入するところも、かなりの試行錯誤が必要でした」。これらの難関を一つひとつ突破し、20数工程を経て全合成に成功した。

その後、テトラヒドロピラン環をシクロヘキシル基に変換するなど、官能基を種々に変え、さまざまな誘導体の合成も行っている。

カリヒノールAの全合成のプロセス

結核菌の増殖抑制に役立つ海洋天然物の合成に挑戦

「天然物の全合成は、私たちの知恵と技術を懸けて臨む『自然への挑戦』です」と話した宮岡教授。他にも海洋生物由来の天然物の合成に挑んでいる。最近、全合成に成功したのが、プラコルトンQ(Plakortone Q)だ。カリヒノールAと同じく海綿由来で、細胞内のペルオキシソームの増生を誘導する受容体の調整作用を持ち、糖・脂質の代謝に関わることがわかっている。宮岡教授は珍しい生合成経路を持つところに関心を持ち、合成に取り組んだ。

現在も研究途上にあるのが、アスペルテルペノイドA(Asperterpenoid A)だ。これは海洋性真菌から得られる化合物で、結核菌の増殖抑制作用を持つことが知られている。

結核は、国内でも毎年1万人以上が罹患し、約2千人が命を落としている重大な疾病の一つである。近年、既知治療薬に耐性を持つ結核菌が発見されており、今も新しい作用機序を持つ薬が必要とされている。

「アスペルテルペノイドAは、これまでに報告例のない非常に複雑な炭素骨格を有しており、どのように合成していくか、悪戦苦闘を続けています」と言う。

その他、ボトリオコッコイドエーテル(Botryococcoid ether)の全合成にも取り組んでいる。この物質は、トレボウクシア藻という真核生物由来の化合物で、二つの長鎖炭化水素がエーテル結合した、非常にユニークな構造を有している。「まだ構造が完全に明らかになっていない部分があり、全合成にはもうしばらく時間がかかりそうです」と明かした。

「創薬につながる強力な生物活性を持っている化合物が、研究のターゲットです。その中でも誰も見たことのない複雑でユニークな構造を持った化合物を世界で最初に合成したい。それが最大のモチベーションです」と語る宮岡教授。「自然界の生物が作り出した化合物を人間が化学の力で合成する。そこに大きなやりがいがあります。核磁気共鳴(NMR)解析で、天然化合物の構造と、自分たちが合成した化合物の構造が完全に一致した瞬間が何より楽しいです」と目を輝かせた。

投稿日:2023年11月20日
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