CERT09ニューモダリティ・医療

免疫細胞を制御し、
多様な疾患の
新規治療法を創出する。

好中球の細胞死が誘発する感染防御システムに着目

ヒトの身体にはさまざまな免疫細胞が存在し、外部から侵入する病原菌から身を守っている。生命維持に欠かせない細胞である一方で、働き過ぎると疾病の発症や進展につながることも明らかになっている。「免疫細胞の働きを制御できれば、多様な疾病の治療法の開発につながります」。そう語る四元聡志助教は、種々の免疫細胞の中でも好中球と単球に着目し、研究している。

「好中球は、末梢血中に最も多く存在する免疫細胞で、生体内に侵入した病原体を最初に発見し、攻撃する役割を担っています。この免疫細胞は、病原体を食べて分解除去する貪食と、もう一つ好中球細胞外トラップ(NETs)というユニークな感染防御システムを持っていることが報告されています」。四元助教によると、これには「ネトーシス」と呼ばれる好中球特有の細胞死が関係しているという。好中球がネトーシスを起こすと、細胞膜が崩壊して自身のクロマチン(DNAとヒストンの複合体)を細胞外に放出し、網状の構造物NETsを形成する。この構造物には好中球顆粒内の抗菌成分が含まれており、侵入した病原菌を網で絡めて捕獲し、排除する仕組みだ。

「当初NETsは、斬新な生体防御システムと考えられていましたが、最近になって生体内でNETsが過剰に形成されると、自己免疫疾患や血栓症、がん転移、さらにCOVID-19の重症化も促進する可能性が明らかになってきました」と言う。四元助教は、NET誘導のメカニズムを解明し、ネトーシス・NETsを制御しようと試みている。

酸化リン脂質によるネトーシス誘導機構を探求

これまでの研究で四元助教は、細胞内のリン脂質の酸化がネトーシス誘導に関与していることを明らかにした。

ネトーシスを起こしたマウスの好中球に、酸化リン脂質が蓄積していることを発見。ネトーシスが脂質酸化依存的に誘導されることを突き止めた。さらに酸化リン脂質の生成プロセスに関与する物質を探索し、好中球に高発現しているミエロペルオキシターゼ(MPO)という酵素の存在も明らかにしている。「活性化好中球内で、過酸化水素がMPOを活性化すると、MPOと結合している好中球エラスターゼ(NE)が細胞質に放出されます。また活性化MPOは、活性酸素の一種である次亜塩素酸を産生し、それがリン脂質を酸化します。酸化リン脂質がNEと協調的に働くことで、クロマチンの脱凝集とヒストンの分解を引き起こし、ネトーシス及びNETsを誘導するというわけです」とメカニズムを説明した。

また四元助教は、細胞内だけでなく細胞外の酸化リン脂質が直接好中球に作用し、ネトーシス・NETsを誘導することも見出している。

さらに最新の研究で、ネトーシスを阻害する化合物の同定にも成功している。市販されている医薬品を網羅的にスクリーニングした中から、ネトーシスを阻害する化合物をいくつか見出した。その一つが、白血病の治療に使われるチロシンキナーゼ阻害剤だった。四元助教は、この化合物の標的分子候補としてあるチロシンキナーゼを同定。このチロシンキナーゼ欠損細胞株が、リン脂質の酸化、およびネトーシス誘導を抑制することを突き止めた。マウスを使ってこのチロシンキナーゼ阻害剤の効果を調べた結果でも、肺でのNET形成が抑制されることを確かめ、新たなネトーシス・NET阻害剤につながる可能性を示した。

単球ががん転移を促進するメカニズムを解明

一方単球は、マクロファージや樹状細胞に分化し、貪食や抗原提示、サイトカインの産生に関与することが知られる免疫細胞である。「最近、がんの治療で引き起こされる炎症によって、がん細胞の転移性再発を促進することがわかってきました。我々はここに免疫細胞が関与しているのではないかと考え、メカニズムの解明を試みました」

マウスにリボ多糖(LPS)を投与し、炎症を誘導すると、肺へのがん転移が著しく促進されることがわかっている。そこで四元助教は、この転移促進に関与する免疫細胞を探った。「抗体を投与して好中球を除去した場合は、がん転移に影響はありませんでしたが、単球と好中球の両方を除去すると、がん転移の抑制が見られました。つまり好中球ではなく、単球が炎症に伴うがんの転移の促進に関与していると推察できます」

次いで四元助教は、ジフテリアトキシン(DT)を投与してCD204+ 単球を選択的に消失したCD204-DTRマウスを作製。このマウスにLPSを投与して炎症を起こすと、肺がんの転移巣の数や肺組織のがん関連遺伝子が減少することを確認した。この結果からも、単球が炎症時のがん転移に重要であることが示唆される。

さらに四元助教は、Ym1というタンパク分子の重要性についても言及している。LPSを投与して炎症を起こしたマウスの骨髄からYm1を発現しているYm1+Ly6Chi 単球を単離し、マウスに移入すると、がん転移が顕著に促進した。一方、Ym1を持たないYm1-Ly6Chi 単球を移入したマウスでは、転移の促進はほとんど観察されなかったという。「この結果は、単球の中でもYm1を発現している単球が、肺転移の促進に関わっていることを示唆しています。我々は、この単球を『制御性単球』と命名しました」。今後は、制御性単球を標的として、新たながんの治療法の創出を目指していく。

投稿日:2024年07月22日
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