学生によるサイエンスコミュニケーション

自由な挑戦でマルチタスク遺伝子に迫る

環境応用動物学研究室(応用生命科学科)
写真 左:高橋滋准教授 中央:岡部伸也さん(修士1年) 右:梅村真理子講師

「1つの遺伝子が環境応答から免疫、さらには脳の発達にまで関わっている」。 環境応用動物学研究室は、「環境変化などのストレスに対して、動物はどのように応答しているのか」という問いに向き合う過程で、にわかには信じがたいこのマルチタスク遺伝子、ATF5の研究に手を広げました。同研究室に取材し、研究の魅力や可能性を聞き出します。

巻貝イボニシから環境応答を考える

巻貝の一種であるイボニシのメスにペニスが形成される「インポセックス」。高橋勇二教授はその発症メカニズムに関心を寄せてきました。研究から、動物の発生や組織形成において重要な働きをするレチノイン酸シグナルが、有機スズ化合物によって不適切に働くことが原因と分かりました。有機スズ化合物は、漁業・船舶航行効率の向上を目的として、船底などに塗布されたものです。

イボニシから広がる遺伝子の世界

「ヒトを含む哺乳動物の環境応答も調べたい」と、ラットの細胞を1%の低濃度酸素にさらし、遺伝子の発現(ある遺伝子から機能をもったタンパク質などが作られること)変化を観察しました。この実験で発現量が増加した遺伝子がATF5だったのです。高橋滋准教授に詳しく伺いました。

高橋勇二教授
 

脳・行動形成、免疫にも? 凄いぞATF5

ATF5のノックアウトマウス(ATF5遺伝子を欠損させたマウス)を作製すると、脳神経細胞の移動に関わる中心体の構造の乱れやその数の減少からくる脳形成の遅れや、嗅覚を制御する嗅球(脳の一部)の縮小が観察されました。他個体への関心が低下するといった行動様式上の変化もみられています。

「免疫細胞を刺激した時、ATF5の発現量はどうなるのか。」という疑問に答えようと、ATF5ノックアウトマウスと野生型マウスのそれぞれの免疫細胞を刺激し、応答の指標となる肝臓のSAA遺伝子(血清アミロイドA)の発現量の違いを比較しました。するとノックアウトマウスでは、野生型の約4倍(相対量)もSAAが発現していたのです。この結果は、ATF5に免疫応答の暴走を抑える働きがある可能性を示しています。これは、免疫細胞の分化を促進する作用が示唆されているATF5をノックアウトすると、野生型のSAA発現量より低くなるという予想に反するものでした。

「多様な研究に役立てたい。」―自由な挑戦で未来をつくる

ATF5タンパク質が脳の発達や免疫応答と関わっている可能性が出てきました。それでも、その詳細や他の役割、環境変化によりATF5の発現量が上がるメカニズムなどは研究途上です。いずれは、再現性のある方法で得られたデータを研究機関に提供するなどして、ガンや精神疾患などの治療や研究に役立てたいと話す高橋滋准教授。「環境応答の研究から思いもよらぬ方向に。少し手を広げすぎかもしれない。」と笑います。

それでも、「最先端の研究に熱中して成長を支えあおう」という研究室のモットーが、こうした自由な研究を支えているのかもしれません。高橋勇二教授は、「熱中できることを通して興味を広げたり自分の能力を高めたりするのは、人間にとって最も幸せなこと。さらに、色々な人と関わって成長を支え合えたら、周りの人も幸せにできるのではないか。そんな研究室であってほしい」と、モットーに込めた想いを語ります。

 

※本記事は授業「生命科学ゼミナールⅡ(サイエンスコミュニケーション入門)」の一環として、 学生が取材、執筆を行いました。