多くの生物はフェロモンという化学物質によって同種間のコミュニケーションを行っています。
有名なのはカイコガの性誘引フェロモンとして知られたボンビコールであり、雌のカイコガから放出されたボンビコールによって雄のカイコガが誘引され、雄は翅をばたつかせながら雌に向かってゆきます。
オグロジカは北米に生息するシカの仲間であり、哺乳類におけるフェロモンの社会行動学的研究がよくなされている動物です。
オグロジカにはシカラクトンと呼ばれる揮発性の誘引フェロモンが知られています。
シカラクトンは、ふ骨腺と呼ばれるオグロジカ後肢のかかと部分の皮膚に存在する分泌腺にあって、誘引されたシカの群れは、お互いのふ骨腺を嗅いだりなめたりする行動をおこします。
ふ骨腺には多数の他の化学物質が存在し、こうした化学物質が個体の識別や、群れの仲間の認知、優位劣位の確認などの社会組織に関係したメッセージ(すなわちフェロモン)として働いています。
こうしてシカラクトンによって誘引されたシカが、他のメンバーのふ骨腺を嗅いだりなめたりすることで、お互いを知る手段としています。
ところで、面白いことに、シカラクトンはふ骨腺から分泌されるのではなく、シカの尿に由来しています。
シカは、排尿の際に両方の後肢をこすり合わせること(摩擦排尿といいます)でシカラクトンをふ骨腺に運びます。
摩擦排尿は、子ジカが生後2日目には早くも始めるし、性別、年齢に関係なく様々な状況で行うそうです。
シカラクトンはオグロジカにおける“香水”といったものではないでしょうか。
投稿日:2022年09月05日